ジョガベンなる言葉があって、
女学生の弁当を表すのだという。
ずいぶん古い時代の言葉らしい。
昔の女学生が、
好きなものを残しておいて後から食べる様を言うと聞いた。
 
好きなものと嫌いなもの、どちらもしなければならないとする。
どちらを先にするか、という問題である。
極めて心理的な事柄である。
ジョガベンの姿は、嫌なことを先にして、
好きなことを楽しみに後に残しておくことのようだ。
対して、とにかく今好きなほうをしておき、
嫌なことは後回し、という考え方も当然あるわけである。
 
締切間際に慌てて始める人もいれば、
締切前に十分余裕で終わらせるタイプの人もいる。
えてして、作家としては、締切ぎりぎりというほうが
キャラになるようだが、
これは売れっ子になると仕事が多すぎて、
早く始めても最後が間に合わないという事情もあるのではないか。
 
楽しみを後に残すというのは、
食べる場合には、後味をよくする、という効果があるのかもしれない。
嫌なことを先に済ませ、後の気分をよくするのだ。
どうかすると、これは信仰の一面を指している。
今の世の苦しみは、後の救いの完成における喜びに変わるのだ、と。
パウロばかりでなく、イエスもそのような幸いを並べている。
 
他方、現世でも幸福がもたらされる、という信仰もある。
信じたとおりになる、というのならば、
幸福を祈り願って悪いはずはないだろう、というのである。
ひとつ間違うとありきたりの新興宗教になってしまうが、
信仰する喜びがもたらされるとあれば、
今ここで先に喜びが与えられるというわけで、
ジョガベンの反対の姿と見なされて然るべきであるだろう。
 
どちらも一面、その通りであると言えると思う。
だが、どちらかだけが真理である、というのでもないように感じる。
どちらも、一面的であるような気がするのである。
 
(続く)