お手伝いなんか、いいからね。
勉強しておきなさい。
 
今の大人たちもまた、
そのように育てられた世代であるだろう。
勉強をすることが、
効率的な人生であるかのように思いなされていた。
そのツケが、今まわってきているようである。
 
いや、
それに気づいただけでも、まだよかったのかもしれない。
気づかずに、次の世代になってしまったとき、
人工的な、あるいは付け焼き刃的な、
メッキを貼っただけのような、世界になっていたかもしれない。
 
勉強や成績というのは、
生活背景なる、海面下の氷山を有する上での、
ほんのわずかな水面上の一角であったはずである。
それが、その成績だけで学校が、会社が、
そして給料や人生が大きく変わっていく世の中になって、
人々はただ成績だけを求めてきた。
それが、幸福の条件であるかのように。
 
そのツケが、まわってきたことに、
気づいただけでも、まだよい。
まだ、修正できるのだ。