受験指導をするときに、
よく聞かれる質問の一つである。
 
答えは、一概には言えない。
中学受験だと、気にしないほうがいい場合もある。
それは、塾で十分な対策を受けているときである。
だが一般的に、
全く見ないというのも、不安であろう。
 
過去問は、同じものが出るはずがないから、
しても無駄だ、という意見もある。
いや、雰囲気を知る必要があるし、
出題傾向を知るためにも役立つ、というのが
まあ無難な普通の意見であろう。
 
確かに、同じものが出ることは期待できない。
しかし、過去の問題を学ぶことは、
これからの問題のために役立つのも間違いない。
それがどのように役に立つか、という説明は難しい。
いろいろ言えるし、突き詰めるとまた説明が難しい。
 
ただ、言えることがあって、それは、
過去問は神聖なものとして扱え、ということだ。
君たちの好きだったあの先輩の顔を思い浮かべて見たまえ。
その先輩は、今君が手にしている
その問題を解いて、行く高校が決まったのだ。
人の運命を変えた問題がそれなのだ。
心してありがたく解かせてもらえ。
鼻歌でも歌いながらすぐ答えを見て分かったふりなどするな。
それは神聖なものなのだ。
私は、中学生にそのように語る。
 
現実の人の運命を担ったものとして、
過去問を取り扱ってみるとよい。
自分の受験のための手段、などと
たんなる道具として扱ってはならない。
 
それだけは、言いたいのだ。