私は何も文句を言わずに店を出た。
だが、この店は明らかに損をしている、という判断はもっていた。
文句を言わなかったことで、この店は
いわば見捨てられたのであるが、そのことにお気づきであろうかしらん。
このように昨日、文章を閉じた。
お分かりの方も多いことだろうが、
分かりにくい終わり方であったかもしれない。
文句を言われることは、店にとって面倒だ、とお考えの方があれば、
商売には向いていない。
優れたビジネス者は、クレームはビジネス・チャンスだと考えている。
もちろん、クレームの中にははた迷惑なものがないわけではないが、
概ねクレームは、店の側の不行き届きに原因がある。
店の悪いところを、教えてもらえるのである。
おまけに、このクレーマーに、誠意ある応対をする。
時に、おまけの割引きをしたり、
サービス券を進呈したりする。
これで、クレーマーの心象は逆によくなる。
また、来てくれる。
場合によっては、クレームへの応対が見事だった、と宣伝してくれる。
とにかく、店の評価が上がる可能性が出てくるのだ。
客だって、ただ腹が立って文句を言っているのではない。
店に改善してほしいという気持ちが混じる思いがどこかにある。
それを受け容れてくれたとなると、
実によい気分になるのである。
クレーマーは、店に強い関心をもっているわけであるから、
逆に味方に付けることも大いに可能なのだ。
それに対して、
不満も言わず、ただ心の中で「二度と来ない」と考える客は怖い。
「こんな店、別にもう自分とは関係がない」と切ってしまうのである。
ただその客が来ないだけではない。
他人に、その店はダメだという話を広めることがある。
しかもそれは事実として伝わっていく。
そう思い当たる人が他にもいる場合があると、もう最悪である。
確実にそういう評価が納得されて消費者の間に広がっていく。
レストランの場合、クレームは殆どないだろう。
無言で去る客が殆どだから、
このような事態を非常に恐れていることだろうと思う。
クレーマーはありがたい。
それがビジネスだ。
適切な文句は、言ってもらえれば、礼を言って然るべきだ。
間違っても、腹を立てたり、クレームを無視したりしてはならない。
これは、客の側ではない、私自身としての戒めでもある。
だが、この店は明らかに損をしている、という判断はもっていた。
文句を言わなかったことで、この店は
いわば見捨てられたのであるが、そのことにお気づきであろうかしらん。
このように昨日、文章を閉じた。
お分かりの方も多いことだろうが、
分かりにくい終わり方であったかもしれない。
文句を言われることは、店にとって面倒だ、とお考えの方があれば、
商売には向いていない。
優れたビジネス者は、クレームはビジネス・チャンスだと考えている。
もちろん、クレームの中にははた迷惑なものがないわけではないが、
概ねクレームは、店の側の不行き届きに原因がある。
店の悪いところを、教えてもらえるのである。
おまけに、このクレーマーに、誠意ある応対をする。
時に、おまけの割引きをしたり、
サービス券を進呈したりする。
これで、クレーマーの心象は逆によくなる。
また、来てくれる。
場合によっては、クレームへの応対が見事だった、と宣伝してくれる。
とにかく、店の評価が上がる可能性が出てくるのだ。
客だって、ただ腹が立って文句を言っているのではない。
店に改善してほしいという気持ちが混じる思いがどこかにある。
それを受け容れてくれたとなると、
実によい気分になるのである。
クレーマーは、店に強い関心をもっているわけであるから、
逆に味方に付けることも大いに可能なのだ。
それに対して、
不満も言わず、ただ心の中で「二度と来ない」と考える客は怖い。
「こんな店、別にもう自分とは関係がない」と切ってしまうのである。
ただその客が来ないだけではない。
他人に、その店はダメだという話を広めることがある。
しかもそれは事実として伝わっていく。
そう思い当たる人が他にもいる場合があると、もう最悪である。
確実にそういう評価が納得されて消費者の間に広がっていく。
レストランの場合、クレームは殆どないだろう。
無言で去る客が殆どだから、
このような事態を非常に恐れていることだろうと思う。
クレーマーはありがたい。
それがビジネスだ。
適切な文句は、言ってもらえれば、礼を言って然るべきだ。
間違っても、腹を立てたり、クレームを無視したりしてはならない。
これは、客の側ではない、私自身としての戒めでもある。