(8月27日からの続き)
 
何か自分のしたい放題のそのわがままに制限がかかると、
けっこうヒステリックになる。
正当な抗議をする親をもモンスターにしたい公教育のようだが、
怪物呼ばわりをしなければならない者は、
世の中にいくらでもいる。
 
自分はきっと成功する。
うまくゆかないのは、世の中が悪いのだ。
他人が悪いのだ。
自分が選ばれた存在であり、アニメの物語のように
いつか奇跡的な大逆転が起こるはずなのだと安易に考えている。
それがいつまでも起こらないのは、
他人が悪いせいだということになる。
 
君は何でもできるんだよ。
子どもには、そんなふうに呼びかけるのがよいとされてきた。
君には無限の可能性があるんだ
子どもには、そんなふうに励ますのがよいとされてきた。
 
そんなはずはないのだ、と
大人は分かっていた。
だが、子どもはその通りに信じて生きていく生き物であった。
従って、
誤った信念を抱いて、現実との非合致を解決するために、
世の中を悪に見立てることしかできなくなっていくのであった。
 
自分は成功する運命にあるのだ。
だって自分は、「可能性は無限にある」と褒められて育てられた。
だからそうならないのは、何かが害しているからだ。
悪いのは、あれか、それか……?
 
自分は、ウィンカーなど示さなくても、
どちらに曲がるかは見れば分かるだろう。
自分はこの駐車禁止のところにとめてもいい特権があるんだ。
私は特別な存在なのだ。
 
自分だけが損をするのは自分で許せない。
この精神が強いような気がする。
自分は少しも損をしたくない。
そのためには、嘘も嘘とは思わない。
自分が損をしないためには、嘘は必要な手段なのである。
 
私は、自分の人生の主人公であるのみならず、
この世界すべての主人公でなければならないのである。