長崎の原爆記念日である。
広島ももちろんすさまじいが、
九州に住む者として、長崎に身を置いてみるのを常としている。
しかも、クリスチャンとして、
長崎のもつ意味はとりわけ重い。
 
永井博士は、どうして長崎の教会の上に
爆裂したのか、問わなければならなかった。
ひとつの結論に達したが、
それを表明するや、人々の非難を受けた。
 
戦争という過ちを終結させるための、
いけにえの小羊。
長崎は、そうなった、と捉えたのだ。
 
だが、これは永井博士の信仰であった。
私は、その信仰に立ち入ることはできない、と考える。
それを、すべての信徒に、
まして、一般の人々に強制しようとさえしなければ、
彼の信仰の表明であり、彼が神と対話をした、と捉えておきたいのだ。
 
長崎市内のみならず、
雲仙におけるキリシタン拷問など、
もっと人々に知られていいことがたくさんある。
何も、天草四郎だけがキリシタンではないのだ。
しかしその原城への道々には、
今なお当時の遺骨がいくらも眠っていると言われる。
長崎の歴史は、重い。
 
今年は、礼拝の中で長崎の刻を迎える。
長崎では、どのように迎えるのか、興味深い。
あの原爆は何だったのか、
そんなことはまだ結論づけられるものではないだろう。
しかし、生きている私たちが考えを及ぼすことのできる間に、
ずっと問い続けていきたいことではあるだろうし、
ずっと問い続けていかなければならないことであるだろう。
 
アメリカでは、若い世代の中に、
原爆への疑問が強くなってきているのだとも聞く。
逆に言えば、これまでは原爆は善という常識がアメリカにあった。
いや、善と言わなければならない思想統制の網が張り巡らされていた。
 
あの自由主義アメリカでさえ、
原爆を悪く言う自由は、封じられているという現実がある。
アメリカは自由の国ではない。
制限付きの「自由」でしかない。
具合の悪いことは、それを理念的な自由だと思いなしていることである。
 
侵略されたことのないアメリカには、分からないことが、
ヨーロッパの国々であれば、分かることもある。
日本も侵略はないが、壊滅的な被爆の経験は、
弱さのうちにある者の立場を表明する力をもつだろう。
願わくは、それが祈りを伴うものであってほしいことだ。
被爆の現実を、取引の材料になど、使ってほしくない。