夫婦はよく似てくる、と言われる。
最初は他人だったはずなのだが、
不思議と、顔まで似てくる、というのである。
まさか、そんなことが、とも思っていたが、
だんだん、さもありなん、と思えるようになった。
いわば同じものを食べ、
同じような環境で生活する。
そうではない夫婦もいるかとは思うが、
基本的に、食べるものは同じような、それが
夫婦というものであるとしよう。
そうすると、似てくるのかもしれない。
考え方も、似てくる。
同じ価値観をもつようになるのは、
必ずしも「自分」を曲げることではなくて、
二人で生きるのが「自分」になっていくのだろうと思う。
私は、クリスチャン家庭に育ったわけではないし、
親類縁者を信仰に導いたなどということもない。
しかし、夫婦は同じ信仰である。
その場合、どちらかの曲がった信仰に
もう一方の純朴な信仰が引き寄せられて歪んでいく、
そういうケースが多々ある。
だがともかく、同じ価値観へと導かれていく。
「性格の不一致」という離婚理由が第1位だと思われるが、
価値観の一致という背景は、意味が大きい。
逆に、配偶者の救いを祈るという方の体験を、私はもたない。
お辛いだろうと思う。
何もその信仰が理由とは限らないが、
別れていったという方を何人も身近に見ている。
三つ撚りの糸は切れない、と
箴言から結婚式によく語られるが、
信仰がなかったら切れているだろうと、よく思う。
祈り合い、支え合う、などと口では簡単に言えるが、
確かにそれは本当にあることなのだと私は保証する。
似たもの夫婦、幸せなことである。
最初は他人だったはずなのだが、
不思議と、顔まで似てくる、というのである。
まさか、そんなことが、とも思っていたが、
だんだん、さもありなん、と思えるようになった。
いわば同じものを食べ、
同じような環境で生活する。
そうではない夫婦もいるかとは思うが、
基本的に、食べるものは同じような、それが
夫婦というものであるとしよう。
そうすると、似てくるのかもしれない。
考え方も、似てくる。
同じ価値観をもつようになるのは、
必ずしも「自分」を曲げることではなくて、
二人で生きるのが「自分」になっていくのだろうと思う。
私は、クリスチャン家庭に育ったわけではないし、
親類縁者を信仰に導いたなどということもない。
しかし、夫婦は同じ信仰である。
その場合、どちらかの曲がった信仰に
もう一方の純朴な信仰が引き寄せられて歪んでいく、
そういうケースが多々ある。
だがともかく、同じ価値観へと導かれていく。
「性格の不一致」という離婚理由が第1位だと思われるが、
価値観の一致という背景は、意味が大きい。
逆に、配偶者の救いを祈るという方の体験を、私はもたない。
お辛いだろうと思う。
何もその信仰が理由とは限らないが、
別れていったという方を何人も身近に見ている。
三つ撚りの糸は切れない、と
箴言から結婚式によく語られるが、
信仰がなかったら切れているだろうと、よく思う。
祈り合い、支え合う、などと口では簡単に言えるが、
確かにそれは本当にあることなのだと私は保証する。
似たもの夫婦、幸せなことである。