未来ノートというのがあって、
そのノートに書くと
その事が本当に起こってしまう……。
 
予言者みたいなことができて、
ちょっとありふれたファンタジーができそうだろうか。
 
三男が、それをやった。
夏休みを前にして、買ってもらった絵日記帳。
これが、その趣味にはまった。
 
日記の主旨も理解した。
起きた時刻、寝た時刻も書き入れる。
天気もかく。
気温は、時計に表示されるのを行って調べてくる。
 
うれしくて、朝から書いている。
「きょう、○○○……」
 
おいおい、書いてしまったよ。
親ばかではないが、
それを嘘にしてしまうのも忍びない。
一緒にその店にお出かけする羽目となる。
 
子どもは、信頼しているのかもしれない。
私たちはそれを「信」で表す。
相手が神であるときには、「信仰」ともいう。
 
何も、神は私たちの言いなりになる、という意味ではない。
ただ、こんな親心をお持ちになることも、
どうやらあるらしい、という気はするものだ。
 
それにしても、
元々「聖書」というものが、
神が書かせた「未来ノート」でもあることのほうを、
私たちはよくよく心得ておかなければならないのかもしれない。