あまりにも呆れてしまう事態だっただけに、
何回か続けて話題にしてきたことであったが、
何もキリスト教の悪口を書きたいわけではない。
 
むしろ、教会こそ、
人が安心して憩える場所なのだ、と
声を大にして言いたいのだ。
 
だが、霊の分かる人は、
信徒でなくとも分かるのだ。
これは肉の人なのか、霊の人であるのか。
中には、行かないほうがよい教会も、あるということだ。
 
見分けるポイントの一つは、
聖書から聴くことを第一としているかどうか、だ。
聖書を語ることではない。
聖書は何を言っているのか、人の思いを極力消して、
静かなる声に耳を傾ける、ということである。
 
「なんか」おかしい……。
そう感じたとき、あなたの直感は、たぶん正しい。
その「なんか」が、麻痺して次第に感じられなくなるとき、
それが怖いのである。
 
こんなふうに言うと、振り込め詐欺の予防キャンペーンのようだ。
確かに、似ている部分もあるように思う。