塾教師などという仕事をしていると、
とんでもない勘違いをしてしまうことがある。
塾に来ている中学生。
あの生徒はどうしてこんなに暗いのか、みたいに。
 
塾では、えてして、営業活動をする。
成績を上げたければ、この講座をとりなさい。
親にそう言えば、親は聞いてくれる。
そんなことを、生徒に吹き込む。
結局、塾が、親に、講座をよけいに受けさせているようなものだ。
 
そんな場で、
勉強の話題だけで生徒と接するのである。
そして、成績だけでその生徒と向かい合うことになる。
 
それはそれでいい。
なにしろ、成績を上げることを求めて、
その生徒は塾に来ているのだ。
成績のことを話題に上らすのは当然である。
 
しかし、ここからが勘違いである。
塾教師が、勉強の話題だけで接したその生徒を、
そういう生徒だ、とその生徒の全人格であるかのように
思いなしてしまうことである。
 
塾という場所で塾教師から見える姿と、
生徒には、違う面がある。
むしろ、違う面のほうが、その生徒の真の姿に近い。
 
そんな当たり前のことを、
いつの間にか、忘れてしまいそうになることがある。
 
中学を卒業した次男のクラスは、ほんとうにいいクラスだった。
それが、卒業式の日に、よく分かった。
それは、勉強などという次元とは、
全然関係のない世界でのことだった。
 
担任教諭の涙は、
やはり塾教師の現場には、
得られないタイプのものであったように感じた。