エルサレム賞の授賞式に
作家の村上春樹氏が出席した。
 
出席に反対する動きも大きかったが、
村上氏は出席した。
それは、メッセージを訴えるためだった、という。
 
詳細についてはニュースに出ているので、
ここで説明することは控える。
また、政治的な支持や対立ということで
この問題について態度を表明しようとするものではない。
 
そもそも、この村上氏は、メディアに顔を出すような作家ではない。
だから、いよいよ顔を出したのは、
これが言いたかったためなのだ、というふうにも見えた。
 
イスラエルを「壁」、逃げまどう人々を「卵」に喩えた。
そして、自分は、いくら「壁」が正しかろうとも、
「卵」の側に立つ、と宣言した。
 
文学者らしい、巧みな譬えで
剣よりも強いペンの力を
書いた文字ではなく、語る言葉で伝えた。
 
もちろん、様々な意見や受け取り方があるだろう。
反対者たちは、
受賞することで、イスラエルのすることを認めることになる、と言った。
村上氏は、
受賞することで、イスラエル批判を世界に訴えられる、と考えた。
 
どちらも、精一杯の真実であろうかと思う。
普遍的にどちらが正しい、とは決められないような。
ただこの場では、村上氏は、後者を選んだということだ。
 
残念なのは、
当のイスラエル自体、これを大きな懐で迎え入れたように対応し、
淡々と伝えたということ、つまり
痛くも痒くもなかったということくらいか。
 
それでも、この発言は世界中に伝わったメッセージとなった。
 
こうしたニュースを見たわが三男は、彼なりに考えた。
おふろの中で、私に尋ねた。
「かみさまは、イエスさまは、
 どうしてイスラエルをはなれたの?」
 
神がイスラエルという国から離れた、と表現した。
この五歳児の唇を通して現れた言葉に対して、
私は軽々しく答えることができなかった。
 
きっと、神さまは待っているんだよ。
待つってことはそこにはいないことだろ……。