ヒトラーがドイツを一つにしようと動いていたとき、
ドイツを祖国とする知識人の中には、
亡命を余儀なくさせられた人もいれば、
ドイツに残った人もいたという。

ヒトラーが危険であることを察知したのは
どちらも同じであった。
だが、その国の行く末を案じるがゆえに、
自分は国に残るべきではないか、と考えた人は、
他国に行くことはしなかった。

できるなら、誰でも、
その国を離れたくないことだったろう。
だが、亡命した人はどうしてそうしたのだろう。

自分や家族の身の安全のことももちろんだが、
その国の外に出て、
その国が間違った方向に進まないように
影響を与えるということも、ありうるのだ。私は、おかしくなっていく教会を経験したことがある。安易にそれを信じてついていく純朴な信徒たちに、それはおかしいと訴えたこともあった。結果的には、無駄だった。魂を奪われた人々は、冷静に事の次第を判断する力を持ち合わせていなかった。それどころか、その指導者は、私を徹底的に聖書の言葉で罵倒してきた。偏った誤りに基づく聖書解釈を掲げながら。また、別の機会には、なんとかこの自分の力で、その間違いを修正したいと考えたこともあった。しかし、狂った指導者たちは、表向き反省したように見せかけたために、純朴な信徒たちは、すっかり騙されてしまった。中身は何も変わってはいなかったのだけれども。いたく危険な状態であることが分かっているため、私たちは、亡命を決断した。そこにいた信徒の皆さんが、真面目で素直であることを知っているため、忍びなかったが、それしかなかった。じり貧の状態に気づいて、置かれている状態の危険性に気づく人々であればよかったのだが。まるでヒトラーを支持していくみたいなことにならなければよいが、と切に祈っている。しまった、こんなはずではなかった、そんな言葉を口に出す日が来ないようにと願う。