政府は、いじめ対策の緊急提言を出そうとしている。「いじめに加担したか、故意に見過ごした教員への懲戒制度を現在より幅広く適用する」「いじめた側の子どもの出席停止を積極的に行う」などである。
いじめをなんとかしなければ、という焦りは分かるが、いじめという概念を、ずいぶん狭いものにお考えのように感じた。まるで、政府はいじめる側に立つことなどありえないように。
「教員」を「政府」に換えてみたらどうだろう。
「子ども」を「政府」に換えてもいいかもしれない。「出席停止」とは何にすればよいだろう。
障害者の生活を、まるで「死ね」と言わんばかりに、「自立支援」という美語で追いつめ、
家のない人々を、存在しないものとして追いはらうのは、いったい誰なのか。
【70年代、テレビの有名人が変わった気がする。それ以前は世間知らずをわきまえ、芸域を超える発言を控えていた。ところがある時から、庶民をあざ笑うのを芸にするようになった。萩本欽一さんの「良い子悪い子普通の子」はまだ牧歌的だったが、北野武さんやタモリさんは、地方や都市周縁の人々を露骨におとしめる発言で名をはせた。
人を辱める姿には目をそむけたくなるものだが、悪意を目覚めさせることもある。そして時にその悪意が、弱者への同情に勝つ。でも、そこで迷い善意に立ち返るのが大人というものだろう。しかし、私たちはいつの間にかそのすべを失った。石原慎太郎東京都知事の少数者への配慮なき発言が許され、人気のもとにさえなっているのがその証しだ。
テレビではいまや、そんな露悪者たちが平然といじめを論じている。感覚のまひ、下品で口さがない人を好む俗物志向……。彼らを黙認する私たちは、いったい何なのか。(毎日新聞 2006年11月26日)】
私たち誰もがいじめに加担しているということを、自覚しない私たちは、いったい何者なのか。
自分に罪がない、と言い張ることを、どうしてそのままにしておいてよいのか。
引用するには長いため、問題があるかと思うが、やがてこうしたよいコラムがネットから消えるのはもったいないと思い、残しておきたいと思った。
いじめをなんとかしなければ、という焦りは分かるが、いじめという概念を、ずいぶん狭いものにお考えのように感じた。まるで、政府はいじめる側に立つことなどありえないように。
「教員」を「政府」に換えてみたらどうだろう。
「子ども」を「政府」に換えてもいいかもしれない。「出席停止」とは何にすればよいだろう。
障害者の生活を、まるで「死ね」と言わんばかりに、「自立支援」という美語で追いつめ、
家のない人々を、存在しないものとして追いはらうのは、いったい誰なのか。
【70年代、テレビの有名人が変わった気がする。それ以前は世間知らずをわきまえ、芸域を超える発言を控えていた。ところがある時から、庶民をあざ笑うのを芸にするようになった。萩本欽一さんの「良い子悪い子普通の子」はまだ牧歌的だったが、北野武さんやタモリさんは、地方や都市周縁の人々を露骨におとしめる発言で名をはせた。
人を辱める姿には目をそむけたくなるものだが、悪意を目覚めさせることもある。そして時にその悪意が、弱者への同情に勝つ。でも、そこで迷い善意に立ち返るのが大人というものだろう。しかし、私たちはいつの間にかそのすべを失った。石原慎太郎東京都知事の少数者への配慮なき発言が許され、人気のもとにさえなっているのがその証しだ。
テレビではいまや、そんな露悪者たちが平然といじめを論じている。感覚のまひ、下品で口さがない人を好む俗物志向……。彼らを黙認する私たちは、いったい何なのか。(毎日新聞 2006年11月26日)】
私たち誰もがいじめに加担しているということを、自覚しない私たちは、いったい何者なのか。
自分に罪がない、と言い張ることを、どうしてそのままにしておいてよいのか。
引用するには長いため、問題があるかと思うが、やがてこうしたよいコラムがネットから消えるのはもったいないと思い、残しておきたいと思った。