「ダメ教師の排除策を」 下村副長官、中教審答申を批判(asahi.com)
記事の詳細は、ここでは引かない。
「不適格教師を辞めさせること」を目的として動いており、
答申では、それができない、と批判している。
不適格教師というと、どんなイメージをお持ちだろうか。
生徒をいじめる、生徒に暴力を振るう、教室を静かにできない……
いろいろあるだろうが、
辞めさせることが最善であるのかどうかは分からない。
辞めさせられないために、教師たちは、
とにかく事なかれ主義に流れ落ちるはずである。
今の校長や教頭などがそうであるように、
事件などは「起こるはずがない」学校となるだろう。
それどころか、辞めさせることのできる途がつくられたら、たとえば
「日の丸を拝まない教師は不適格」などとつなげていく動きが現れることは、
目に見えている。
問題のある教師もまた、教育していくのならともかく、
辞めさせられるのであれば、
一部の人々が言う意味での
「国を愛する」(国のために犠牲になるほかありえない)
教師が教育のすべてを担うようになるだろう。そして、
「国を愛する」(国のために犠牲になるほかありえない)
子どもばかりが育っていくだろう。
危ない。
記事の詳細は、ここでは引かない。
「不適格教師を辞めさせること」を目的として動いており、
答申では、それができない、と批判している。
不適格教師というと、どんなイメージをお持ちだろうか。
生徒をいじめる、生徒に暴力を振るう、教室を静かにできない……
いろいろあるだろうが、
辞めさせることが最善であるのかどうかは分からない。
辞めさせられないために、教師たちは、
とにかく事なかれ主義に流れ落ちるはずである。
今の校長や教頭などがそうであるように、
事件などは「起こるはずがない」学校となるだろう。
それどころか、辞めさせることのできる途がつくられたら、たとえば
「日の丸を拝まない教師は不適格」などとつなげていく動きが現れることは、
目に見えている。
問題のある教師もまた、教育していくのならともかく、
辞めさせられるのであれば、
一部の人々が言う意味での
「国を愛する」(国のために犠牲になるほかありえない)
教師が教育のすべてを担うようになるだろう。そして、
「国を愛する」(国のために犠牲になるほかありえない)
子どもばかりが育っていくだろう。
危ない。