もうしばらく様子を見ていたい気がしたが、
ちょっと口を挟んでみるのもいいか、と
触れてみようかと思う。
小中学生が携帯電話を学校に持ち込んではいけない、と
一部の大人が口を揃えて言い始めたことについてである。
賛否両論あることは、理解できる。
教育現場からして、たまらないという状況も、分からないではない。
「そもそも授業に魅力があれば、授業中にケータイなど触るまい」
そんな建前的なことを言って済ますつもりも、私にはない。
ただ、学力テストの成績が「平均的に」芳しくないことで
興奮している大阪府が叫び始めたようなことでもある。
ケータイを学校に持ち込ませているから勉強時間が少ない、と
躍起になる気持ちも分からないではないが、
時間があれば勉強するのか、テストの点が上がるのか、については、
家電製品で時間が浮けば生活者は楽になったかどうか
考えてみるまでもなく、因果関係は期待できそうにないであろう。
ケータイというオモチャを取り上げたら、
学力は上がるのだろうか。
いや、学力低下は、ケータイのせいなのだろうか。
それは極めて怪しい。
しかし、交通事故は確実にクルマのせいである。
タバコは明らかに危害や災害の原因である。
ケータイを学力低下の原因にする理論がまかり通るなら、
クルマやタバコはなおさら全面禁止にしなければつり合わない。
酒もそうだろう。
特殊な犯罪など、
ケータイのために危険な目に遭うケースもある、という考えもある。
それなら、私はクルマやタバコを全面禁止にする方が先決だと思う。
携帯会社も、ニーズに応じて、
子どもが常に携帯して安心できるように工夫をしている。
学校に持っていくのでなければ、その意味もないだろう。
もはや、オモチャや贅沢品という領域を、
携帯電話は超えてしまっているのだ。
眼鏡をかけて登校することを禁止することができないのと同じように、
もはやそれを単純に禁止することなど、できないのが現実ではないか。
自動車やタバコは、税金や財政のために禁止できないのだろう。
子ども相手ならば、そういう利権がないために、
禁止ができると考えているのではないか。
むしろ、これは子どもたちにとって、
「約束を守る」「ルールを考える」ための、
一つの有意義な教育の機会ではないだろうか。
あまりにルールを守らない大人たちのほうが、
全面禁止にすべきものが多すぎる中で、
子どもたち自身が学んでいくためのチャンスを
根こそぎにするような暴挙は、教育でも何でもないと思う。
それが、学力テストへの
ヒステリックな、あるいはメンツからくるような
大人の都合による対応からきている面があることを、
坊ちゃん府知事も少しは認識するとよいかと思う。
ちょっと口を挟んでみるのもいいか、と
触れてみようかと思う。
小中学生が携帯電話を学校に持ち込んではいけない、と
一部の大人が口を揃えて言い始めたことについてである。
賛否両論あることは、理解できる。
教育現場からして、たまらないという状況も、分からないではない。
「そもそも授業に魅力があれば、授業中にケータイなど触るまい」
そんな建前的なことを言って済ますつもりも、私にはない。
ただ、学力テストの成績が「平均的に」芳しくないことで
興奮している大阪府が叫び始めたようなことでもある。
ケータイを学校に持ち込ませているから勉強時間が少ない、と
躍起になる気持ちも分からないではないが、
時間があれば勉強するのか、テストの点が上がるのか、については、
家電製品で時間が浮けば生活者は楽になったかどうか
考えてみるまでもなく、因果関係は期待できそうにないであろう。
ケータイというオモチャを取り上げたら、
学力は上がるのだろうか。
いや、学力低下は、ケータイのせいなのだろうか。
それは極めて怪しい。
しかし、交通事故は確実にクルマのせいである。
タバコは明らかに危害や災害の原因である。
ケータイを学力低下の原因にする理論がまかり通るなら、
クルマやタバコはなおさら全面禁止にしなければつり合わない。
酒もそうだろう。
特殊な犯罪など、
ケータイのために危険な目に遭うケースもある、という考えもある。
それなら、私はクルマやタバコを全面禁止にする方が先決だと思う。
携帯会社も、ニーズに応じて、
子どもが常に携帯して安心できるように工夫をしている。
学校に持っていくのでなければ、その意味もないだろう。
もはや、オモチャや贅沢品という領域を、
携帯電話は超えてしまっているのだ。
眼鏡をかけて登校することを禁止することができないのと同じように、
もはやそれを単純に禁止することなど、できないのが現実ではないか。
自動車やタバコは、税金や財政のために禁止できないのだろう。
子ども相手ならば、そういう利権がないために、
禁止ができると考えているのではないか。
むしろ、これは子どもたちにとって、
「約束を守る」「ルールを考える」ための、
一つの有意義な教育の機会ではないだろうか。
あまりにルールを守らない大人たちのほうが、
全面禁止にすべきものが多すぎる中で、
子どもたち自身が学んでいくためのチャンスを
根こそぎにするような暴挙は、教育でも何でもないと思う。
それが、学力テストへの
ヒステリックな、あるいはメンツからくるような
大人の都合による対応からきている面があることを、
坊ちゃん府知事も少しは認識するとよいかと思う。