国家統制を行って、明治の日本、あるいは戦前の時期の日本に戻ろうというのが
産経新聞の立場であることを、とやかく言っても仕方がないのだが、
その新聞の話のもっていきかたには、しばしば意図的な誘導が見られるので、
危険だと思うことがある。
――小、中学校で週1回、「道徳の時間」があるが、どんな授業だったのか覚えている人は少ないのではないか。
私は覚えている。教科よりも覚えている。
でも、この新聞に言わせれば、私は少ない側なのだろう。
しかし、道徳の時間を覚えていないという者は、
たいてい、他の教科の時間も覚えていないものである。
つまり、道徳の時間だけを覚えていないことが当然である、というふうに錯覚させるトリックがある。
――国旗、国歌の指導が問題となった広島県では道徳の時間がない学校もあった。
広島県だけで、道徳の時間がないかのように記されている。
しかし、とてもそうは思えないが、実際広島県だけにしかありえなかったのだろうか。
仮にそうだとしても、国旗や国家の指導が問題となったことと、
道徳の時間がないこととの間には、
因果関係はないはずなのに、あるかのように伝えている。
――点数などで目にみえる学力の低下に比べ、子供たちの規範意識の低下などには保護者らの関心は低いようだ。
本当に関心が低いのかどうか。
手元にある、ある地域の保護者たちのアンケートによると、
子どもに求めていることで、
学力を挙げた親は14%弱であるのに対して、
友だちと仲良く、は56%、
挨拶や言葉遣いを挙げた親は87%を数えている。
規範というのと同一ではないかもしれないが、
方向的に同じものであるとすれば、
関心が低い、というのは相当に見当はずれと言わざるをえない。
またここには、
子どもたちの規範意識が低下している、ということが
疑いのない事実として掲げてある。
はたしてそうだろうか。
規範意識の低下というのは、本当に無条件で前提になるものだろうか。
どの世代も、「昔はよかった」が心情的に起こるのが人間である。
本当に、規範意識は、低いのだろうか。低くなってきたのだろうか。
私はそうは思わない。
むしろ、昨今の子どもたちが、いかに権威の下におとなしく従うか、
気味が悪いほどである。
「心のノート」が狙った、権威に従順になる人間の育成は、
そうとう成功していると考えている。
一時期よりは、断然、規範に従うような子どもたちになってきていることを強く感じる。
ちょっとした表現の仕方ではあるが、
産経新聞の論調には、
意図的なレトリックが満載である。
これは、何も1日の主張に留まらない。
いつもがそうなのだ。
これを、小気味よいと感じる人が多いのも分かるが、
こうした詐称的論理を正当と信じてしまう若い人々が増えるのは、
怖いことだと思う。
産経新聞の立場であることを、とやかく言っても仕方がないのだが、
その新聞の話のもっていきかたには、しばしば意図的な誘導が見られるので、
危険だと思うことがある。
――小、中学校で週1回、「道徳の時間」があるが、どんな授業だったのか覚えている人は少ないのではないか。
私は覚えている。教科よりも覚えている。
でも、この新聞に言わせれば、私は少ない側なのだろう。
しかし、道徳の時間を覚えていないという者は、
たいてい、他の教科の時間も覚えていないものである。
つまり、道徳の時間だけを覚えていないことが当然である、というふうに錯覚させるトリックがある。
――国旗、国歌の指導が問題となった広島県では道徳の時間がない学校もあった。
広島県だけで、道徳の時間がないかのように記されている。
しかし、とてもそうは思えないが、実際広島県だけにしかありえなかったのだろうか。
仮にそうだとしても、国旗や国家の指導が問題となったことと、
道徳の時間がないこととの間には、
因果関係はないはずなのに、あるかのように伝えている。
――点数などで目にみえる学力の低下に比べ、子供たちの規範意識の低下などには保護者らの関心は低いようだ。
本当に関心が低いのかどうか。
手元にある、ある地域の保護者たちのアンケートによると、
子どもに求めていることで、
学力を挙げた親は14%弱であるのに対して、
友だちと仲良く、は56%、
挨拶や言葉遣いを挙げた親は87%を数えている。
規範というのと同一ではないかもしれないが、
方向的に同じものであるとすれば、
関心が低い、というのは相当に見当はずれと言わざるをえない。
またここには、
子どもたちの規範意識が低下している、ということが
疑いのない事実として掲げてある。
はたしてそうだろうか。
規範意識の低下というのは、本当に無条件で前提になるものだろうか。
どの世代も、「昔はよかった」が心情的に起こるのが人間である。
本当に、規範意識は、低いのだろうか。低くなってきたのだろうか。
私はそうは思わない。
むしろ、昨今の子どもたちが、いかに権威の下におとなしく従うか、
気味が悪いほどである。
「心のノート」が狙った、権威に従順になる人間の育成は、
そうとう成功していると考えている。
一時期よりは、断然、規範に従うような子どもたちになってきていることを強く感じる。
ちょっとした表現の仕方ではあるが、
産経新聞の論調には、
意図的なレトリックが満載である。
これは、何も1日の主張に留まらない。
いつもがそうなのだ。
これを、小気味よいと感じる人が多いのも分かるが、
こうした詐称的論理を正当と信じてしまう若い人々が増えるのは、
怖いことだと思う。