秋葉原の事件については、
今あちこちでいろいろな情報が集められ、
意見が交わされている。

事件の内容について
私は情報を基本的にもたないから、
無責任なことは言えない。

ただ、亡くなった大学生の友だちへのインタビューを見たことで
思ったことを述べたい。

二人の19歳の若者は、暴走トラックにより命を落とした。
一歩前を歩いていた仲間の二人は、間一髪で助かった。

通行人が心臓マッサージなどをするのを
「助かってくれ」と思いつつ見つめることしかできない。

やがて、事情聴取に追われる。

彼は「病院に行きたい」と何度も頼んだ。
だが、
「手術中なので、行っても意味がない」
と断られ続けたことを、涙で訴えていたインタビューだった。

彼は言った。
意味ないっていうのこそ、意味がない――みたいなことを。
友だちが一人で死ぬのはさみしすぎるから、
そばにいてやりたかった……。

こうした、当然すぎるくらいの感情を、
事情聴取する者が拒んだ、あるいは分かってやれないということは、
病んでいるのは容疑者ばかりではない、と強く感じた。

どうしてこういう事件が絶えないのか、
とくに池田小で「二度とこうした事件が……」と
人々が願いをこめている背後でこんなことが起こるのか、
その理由の一つが、
自分だけの論理の意味しか見えず、
心を踏みつぶすこのようなところにあるように気がしてならなかった。