どんなに警告を与えたとしても、
ブログへの
勝手な書き込みはなくならない。
まあ、迷惑メールを送るのが楽しくてたまらない状況からして、
書き込みがなくなると考えるほうが不自然ではあるけれども、
一日に10人とか20人とかの閲覧者しかないブログにも、
丁寧に書き込んでいく。
ご苦労なことだ。
もちろん、それはコピペでしかないのだが、
迷惑メールを単純にキー一つで送るのとはわけが違い、
そこそこ手間がかかるのではないかと思われる。
新着情報から手当たり次第にやっているのだろうが、
能率の悪さは、メール以上ではないだろうか。
それでももともと、百人に一人ほどが釣れることも期待していないだろうから、
それはそれで、やる方としてはよいのかもしれない。
だが、精神的なことを別にしても、
人々がこのくだらない書き込みを削除したり
迷惑メールを処理したりするために
無駄にしている手間や時間を考えると、
世の中に経済損失をひどく与えていることになるのだから、
これは社会的害悪である。
公共の建物や民家の壁に
スプレーで落書きをしているのと同様なのだ。
しかし、反応が書き込める、というネットのメリットを活用して、
真剣にいのちの大切さや感動的な子どもの話を綴っている人のところにも、
欲望の塊の文章を打ち付けるとなると、
これは卑劣な暴力と呼ぶに値する。
どだい、人の話を聞かなくなっている時代である。
自分の言いたいことばかり言いたい。
子どもたちの中にも、その傾向は見られる。
言う権利は主張するが、聞く義務などは気にしていない。
互いに言うばかりで、会話がすれ違うことも気にしない。
そんな雰囲気が、事実ある。
一方的なこの書き込みを、
やってもかまわないことと位置づけるこの考え方は、
時代の流れと合っているだけに、不気味でもあり、
そして今後の世界に不安を与えるものと覚えられる。
いや、そもそもブログに書くこと自体が、
言い放つことの現れでもある。
それはこの私ももちろんそうなのだ。
道具自体は善でも悪でもなく、
使う側に善悪が左右される、という考え方もある。
それは科学論につながる。
科学自体は中立であるのだ、と。
私は必ずしもそうは感じないが、
人間の中にそれほど善なる思いがあふれているとは信じないから、
せめて、流されやすい中で
何か別の視点が持てれば、と思うのが精一杯だ。
そう言って自分を正当化するあたり、
私もまた、一方的に書き込む連中と
さして違いがないのかもしれない、と思いながら。
ブログへの
勝手な書き込みはなくならない。
まあ、迷惑メールを送るのが楽しくてたまらない状況からして、
書き込みがなくなると考えるほうが不自然ではあるけれども、
一日に10人とか20人とかの閲覧者しかないブログにも、
丁寧に書き込んでいく。
ご苦労なことだ。
もちろん、それはコピペでしかないのだが、
迷惑メールを単純にキー一つで送るのとはわけが違い、
そこそこ手間がかかるのではないかと思われる。
新着情報から手当たり次第にやっているのだろうが、
能率の悪さは、メール以上ではないだろうか。
それでももともと、百人に一人ほどが釣れることも期待していないだろうから、
それはそれで、やる方としてはよいのかもしれない。
だが、精神的なことを別にしても、
人々がこのくだらない書き込みを削除したり
迷惑メールを処理したりするために
無駄にしている手間や時間を考えると、
世の中に経済損失をひどく与えていることになるのだから、
これは社会的害悪である。
公共の建物や民家の壁に
スプレーで落書きをしているのと同様なのだ。
しかし、反応が書き込める、というネットのメリットを活用して、
真剣にいのちの大切さや感動的な子どもの話を綴っている人のところにも、
欲望の塊の文章を打ち付けるとなると、
これは卑劣な暴力と呼ぶに値する。
どだい、人の話を聞かなくなっている時代である。
自分の言いたいことばかり言いたい。
子どもたちの中にも、その傾向は見られる。
言う権利は主張するが、聞く義務などは気にしていない。
互いに言うばかりで、会話がすれ違うことも気にしない。
そんな雰囲気が、事実ある。
一方的なこの書き込みを、
やってもかまわないことと位置づけるこの考え方は、
時代の流れと合っているだけに、不気味でもあり、
そして今後の世界に不安を与えるものと覚えられる。
いや、そもそもブログに書くこと自体が、
言い放つことの現れでもある。
それはこの私ももちろんそうなのだ。
道具自体は善でも悪でもなく、
使う側に善悪が左右される、という考え方もある。
それは科学論につながる。
科学自体は中立であるのだ、と。
私は必ずしもそうは感じないが、
人間の中にそれほど善なる思いがあふれているとは信じないから、
せめて、流されやすい中で
何か別の視点が持てれば、と思うのが精一杯だ。
そう言って自分を正当化するあたり、
私もまた、一方的に書き込む連中と
さして違いがないのかもしれない、と思いながら。