「飲酒運転は法律で禁止されています」

テレビコマーシャルでも、
たとえばビールの場合、
このような文字が、小さく表示されるようになった。

一年前の夏休みの悲しい事故から、
いくらかの人は気づいてきた。
なんとかしよう、と努力する居酒屋も現れた。
ドライバーが飲まなければ割引きしよう、というのだ。

飲酒運転が問題になれば、
居酒屋自体が潰されるから、必死なのだ。

ところで、かの表現、
生温くないだろうか。
「だから何?」と言われたら、それまでだ。
「だから」が続くのか「しかし」が続くのか、
人生での選択は様々だ。
これまで人は、その続きに「しかし」を多く選んできたに過ぎない。

タバコへの警告文も、日本の場合は情緒的で
ちっとも警告になっていない、という指摘を見たことがある。
「これはおまえを癌にする」というくらい、
当然すぎるストレートなものでないと、警告とは呼べない。
「それでも俺は吸う」というのは、自己責任なのだ。

こういうわけで、飲酒運転へのあの
何が言いたいのか分からない一文も、変えたほうがいいと思う。
一例を挙げる。ほかにいろいろ検討してもらったらいい。

「飲酒運転は、あなたと誰かの一生を破壊します」