学生時代、この時期、
信州のヒュッテで一週間ほど過ごしていたことを思い出す。

低料金で過ごすことができる。
たしかに、粗末な設備ではある。
大きさはあるが、丸太づくりだ。
薪を割り、ストーブはそれを燃やす。
朝方には氷が張るので、シュラフにしっかりくるまって寝る。
夜はランプしかない。
NHKラジオの気象情報を聞いて、天気図を作成する。

昼間は、
白樺の木にわたしたハンモックに揺られて、
哲学書を開く。

あるいは、近くの沼を巡る
ワンダーフォーゲル的なコースを辿るが、
これは岸壁を登るという荒技がないだけで
実質登山部の歩きそのものであった。
途中、木の枝に上り、そこで林檎をかじった。
林檎の芯は、辺りに捨ててもいい。
自然に還るものは、自然に返してよいのだ。

ヒュッテにいかが。
そんなパンフレット作成のために、
ちょっとイラストを提供したこともある。

連れて行ってくれた友人が、
先輩の登山事故死に悲嘆していたとき、
いつかそれも最善だったと思える時がくる、などと
心ないことを私が言ったことがあった。
そんなふうには思えない、と彼は言った。
当然だった。

命を吸い込むことが時にある、そんな山とは何か、
私に少しでも教えたくて、
彼は私を誘ってくれたのかもしれない。

下山するとき、町の小さな銭湯で汗を流した。
そこからは、鈍行列車が待っていた。
心地良い疲れが、夜行急行の私たちに夢を与えてくれた。

学生時代、さして目立ったことをしていない私だが、
これはよい思い出となった。
それが、私が最も九州から離れた地に行った場所である。