子どもを病院に連れて行く。
季節はずれと言ってよいのか、3月にインフルエンザの子どもが溢れていた。
閑古鳥さえ鳴いていた小児科に、人が押し寄せている。
検査でインフルエンザであることが判明した子は、
直ちに隔離される。薬局へすら行かれないので、
薬局へ連絡だけして、手渡せる準備ができたら初めて小児科を去る。
昼休みに入っても、ますます忙しくなるばかりだ。
小児科医やナースたちが、走り回っている。
病院に集まるのは、病人だ。
さして病気でもないのに行くとなると、
わざわざ病原菌をもらいに行くようなことになりかねない。
院内感染というが、そもそも病院とは、そういうところである。
その中で過ごす医師たちの苦労は、想像できないほどであろう。
さらに、こんなことも思った。
治った患者が、医師のところに来て、
「ありがとうございました」と挨拶することは、稀である。
もう病院に来ないということが、治った、という徴であるわけだ。
いわば命懸けで治療をし続けても、お礼すら言われることがない。
感謝されるとすれば、いまだ治らない一部の患者からの労いであるのか。
それは言われても心苦しいことだろう。
完璧な治療をすることが前提だと見なされることもしばしばであり、
何かミスでもすれば、ひどいクレームや、裁判が待っている。
医療とは、身体的にも精神的にも、大変な仕事である。
季節はずれと言ってよいのか、3月にインフルエンザの子どもが溢れていた。
閑古鳥さえ鳴いていた小児科に、人が押し寄せている。
検査でインフルエンザであることが判明した子は、
直ちに隔離される。薬局へすら行かれないので、
薬局へ連絡だけして、手渡せる準備ができたら初めて小児科を去る。
昼休みに入っても、ますます忙しくなるばかりだ。
小児科医やナースたちが、走り回っている。
病院に集まるのは、病人だ。
さして病気でもないのに行くとなると、
わざわざ病原菌をもらいに行くようなことになりかねない。
院内感染というが、そもそも病院とは、そういうところである。
その中で過ごす医師たちの苦労は、想像できないほどであろう。
さらに、こんなことも思った。
治った患者が、医師のところに来て、
「ありがとうございました」と挨拶することは、稀である。
もう病院に来ないということが、治った、という徴であるわけだ。
いわば命懸けで治療をし続けても、お礼すら言われることがない。
感謝されるとすれば、いまだ治らない一部の患者からの労いであるのか。
それは言われても心苦しいことだろう。
完璧な治療をすることが前提だと見なされることもしばしばであり、
何かミスでもすれば、ひどいクレームや、裁判が待っている。
医療とは、身体的にも精神的にも、大変な仕事である。