コンビニエンスストアの前に、
ちょっと派手めのお姉さんが二人立っていた。
失礼な言い方だが、やや栄養がよい二人で、
夏らしく露出度も高かった。
ちょうどこちらには背を向けており、
立ち話をしているといった具合だった。

狭い歩道なので、向こうから人がくると、
このお姉さんたちで、片側の通行が妨げられる。

私はこのとき、とくに彼女たちに怒りを覚えはしなかった。
いつもなら、むっとしたかもしれないが。
ただ、反対側からの人の波が途切れるまで前に進めないので、
お姉さんの背中を前に、立ち止まっていた。

と、数秒も経たないうちに、
「はっ」とその真ん中に居座っていた側のお姉さんが気づいた。
気配を察したかのようであった。
「すみませんっ」とお姉さんは飛び退いた。
私は笑顔で通り過ぎた。

ちょっと爽やかな風が流れた。

ところが後で帰るとき、
今度は電車の中でのことである。
四人掛けのいすの奥側に座る高校生の男子、
深く腰掛ければ真正面にも人が座れるのに、
ずんだれた座り方では、真正面には人が座れない。
そして自分の左側にはカバンをどんと置いている。
かろうじて左斜め前方に、
肩身を狭くしたおじさんが座っているだけ。

つまり、高校生は、一人で4席を占領しているのである。

しかも、彼は学割で安い定期で乗っている。

先日見た英会話の本には、
日本人にはこのような乗り方をする者が多いと指摘し、
これを、対人恐怖なのだと断じていた。
なるほど、これは怒りの対象ではなくて、
むしろ憐れみの対象なのだ。

様々な見方を本は教えてくれる。
様々な人の考えを、世の風景は教えてくれる。

しかし、これが昨日記したことのひとつの例となるなら、
安易に見過ごすことはできないものだろう。