ローマ法王庁で検討されていた、
江戸時代初期の日本人キリスト教殉教者たち188人の「福者」への列福が
正式に決まった、というニュースが先日あった。
そのための儀式が11月に長崎で行われるとか。
カトリックの聖人や福者そのものにさして関心はないのだが、
江戸時代に殉教した人々については、感慨深いものがある。
雲仙の地獄を実際に見たことがありる。
殉教の場としての遺跡である。
ここで熱湯を浴びせられ、
巨きな石を載せられた、キリシタンたち。
もちろん、磔という人もいることだろう。歳幼くしてさえも。
主を愛するという信仰にかけては、
まことに何もことさらに言うべき言葉もない。
また、そのようなことをしたのもまた日本人であり、
世が世なら、誰でもそんなふうにしてしまうものなのだろう。
『私は貝になりたい』もまた映画化されることが発表された。
来年冬の公開だそうである。
誰の中にも、崇高なものとつながる心もあれば、
何でもしてしまうことにつながる心もあるものだ。
江戸時代初期の日本人キリスト教殉教者たち188人の「福者」への列福が
正式に決まった、というニュースが先日あった。
そのための儀式が11月に長崎で行われるとか。
カトリックの聖人や福者そのものにさして関心はないのだが、
江戸時代に殉教した人々については、感慨深いものがある。
雲仙の地獄を実際に見たことがありる。
殉教の場としての遺跡である。
ここで熱湯を浴びせられ、
巨きな石を載せられた、キリシタンたち。
もちろん、磔という人もいることだろう。歳幼くしてさえも。
主を愛するという信仰にかけては、
まことに何もことさらに言うべき言葉もない。
また、そのようなことをしたのもまた日本人であり、
世が世なら、誰でもそんなふうにしてしまうものなのだろう。
『私は貝になりたい』もまた映画化されることが発表された。
来年冬の公開だそうである。
誰の中にも、崇高なものとつながる心もあれば、
何でもしてしまうことにつながる心もあるものだ。