福岡のホークスが、
交流戦で優勝を決めた。
阪神様々であったが、
こちらの試合でも、最終回まで薄氷の勝利であった。

1点がその差を分けた。
ホークスは近年、その1点のために、栄誉を逃してきた。
あと1点だけ取っていれば、敗退せずに済んだことが、
複数あったのである。

これは、受験生たちにもよい教訓となった。
1点によって、勝敗、結果に雲泥の差が出るのである、と。

このプロ野球のセ・パ交流戦も四年目。
最初のころの新鮮さも失せて、
定例のこととなってきた。

昔は、全チームから勝利投手になるとか、
全チームからホームランを打つとかいう記録は、
たいそう珍しいものに思われた。
というのは、各リーグで異なる2チームに属さなければありえないからで、
三度も移籍して活躍するという前提そのものに困難があったかわけである。

交流戦ができてからは、
同一リーグで一度移籍すれば、この記録は前提的には可能になった。
前提条件が異なる状況での、記録の比較はフェアではない。

ホームラン記録ひとつとっても、
試合の絶対数が異なれば、
素人目にも、その価値の重みが違ってくる。

統計には、そのように
数字の背景にある条件をよく考えてみないことには、
数字だけで意味を理解するのが危ないということがある。
全国統一テストは、今年も行われた。去年、練習に練習を重ねた小学校もあったそうだし、あろうことか、テスト中にサインを送った校長もいた。成績の振るわない子を休ませたり、最初から受けさせないように仕組んだ学校もあった。表に出る数字を操作するためには、そんなことは、当然、やらかす連中がいるはずである。教育者だから正直にやっているはずだ、という思い込みもそういう馬鹿げたことを見逃す背景の一つになっている。ただ、健全なことに、そうした学校のやり方を「おかしい」と表明する保護者が最近増えてきた。先生のやることだから何も言わないでおくべきだ、とは考えなくなったのである。しかし、保護者のやり方がすべて正しいとは限らない。中には、行き過ぎをやってしまうこともある。保護者たちは、教育屋さんたちのようなプロではないからだ。そこで、そうした保護者を、教育屋さんたちは、「モンスターペアレント」と呼んで、そうした健全な保護者の動きさえも、封じようとしている。教育屋さんと私が称するのは、政治家でなく政治屋と呼ばれる考え方があるのと同様だ。法律の扱いに長けた教育屋たちは、とにかく法に反しさえしなければ、何でもできると考えている。役所もまた、当然昔からそういう手法をとっている。「みなさまの声を受け付けます」と、投書箱を用意しているが、そこに書いたものは、読まれてなどいない。箱を開けて、読んだ者が、そのまま屑籠に入れているのかもしれない。投書箱を設置することで、ガス抜きをした、と喜んでいるのがせいぜいのところなのだろう。そんなことはどこにもない、という自治体や教育行政の方は、どうぞ反論してください。ただし私は、そんなことのある自治体も教育屋も、よく知っています。