NHKラジオをよく聴くようになった。
お年寄りの仲間入りだろうか。
だが、安心して聴けるのは確かである。
民放の語り手は、たしかに愉快だ。
退屈させないし、
けっこう羽目を外してくれる。
だが、愉快ではあっても、面白味に欠ける。
時折、誤った知識や思い込みで突っ走る。
もちろんNHKの場合も間違いはある。
ただし、数秒後にはそのクレームが届くようで、
数分以内にお詫びや訂正が入るから、
言葉遣いや知識においては、たいてい慎重である。
つまり、信頼が増すということになる。
こちらの見聞が増えてきたせいだろうか、
民放の喋りの中に、
間違いをそのまま垂れ流しているようなところが気になってきた。
それに、ちょっと背景を考えれば
そこまでけちょんけちょんに言わなくてもいいのに、と
思うようなことも増えてきた。
結局、感情でものを言っているのは分かるが、
真実はどうだろうか、と検討しているような感じはしない。
楽しく聴かせればスポンサーも安心なわけで、
真実よりは、ウケの良さを第一としているのだろうと思う。
NHKアナウンサーはその点、鍛えられている。
ちょっとしたやりとりの中にも、
慎重に基準に従った会話をもたらすことができるよう、
訓練された者だけが見せる鮮やかさをもって、
トークを成し遂げる技術がそこにある。
私も見習いたいほどだ。
結局、安心して聴ける言葉、情報として、
NHKのラジオを選んでしまうことになる。
民放だと、とにかく始まってから成り行きを考えるという
番組制作も普通のことなのだそうだが、
NHKにはやはり伝統の重みというのがあるのかもしれない。
よく言い過ぎかもしれないが、
とくに最近、信頼性という点において、
民放が私の基準に合わなくなってきているのは確かである。
お年寄りの仲間入りだろうか。
だが、安心して聴けるのは確かである。
民放の語り手は、たしかに愉快だ。
退屈させないし、
けっこう羽目を外してくれる。
だが、愉快ではあっても、面白味に欠ける。
時折、誤った知識や思い込みで突っ走る。
もちろんNHKの場合も間違いはある。
ただし、数秒後にはそのクレームが届くようで、
数分以内にお詫びや訂正が入るから、
言葉遣いや知識においては、たいてい慎重である。
つまり、信頼が増すということになる。
こちらの見聞が増えてきたせいだろうか、
民放の喋りの中に、
間違いをそのまま垂れ流しているようなところが気になってきた。
それに、ちょっと背景を考えれば
そこまでけちょんけちょんに言わなくてもいいのに、と
思うようなことも増えてきた。
結局、感情でものを言っているのは分かるが、
真実はどうだろうか、と検討しているような感じはしない。
楽しく聴かせればスポンサーも安心なわけで、
真実よりは、ウケの良さを第一としているのだろうと思う。
NHKアナウンサーはその点、鍛えられている。
ちょっとしたやりとりの中にも、
慎重に基準に従った会話をもたらすことができるよう、
訓練された者だけが見せる鮮やかさをもって、
トークを成し遂げる技術がそこにある。
私も見習いたいほどだ。
結局、安心して聴ける言葉、情報として、
NHKのラジオを選んでしまうことになる。
民放だと、とにかく始まってから成り行きを考えるという
番組制作も普通のことなのだそうだが、
NHKにはやはり伝統の重みというのがあるのかもしれない。
よく言い過ぎかもしれないが、
とくに最近、信頼性という点において、
民放が私の基準に合わなくなってきているのは確かである。