先週のことだが、
ロシア正教会が、核兵器を容認した、という報道が
世界に発信されていた。

日本では、殆ど関心を払われなかったのではないだろうか。

教会の式典で、ロシア軍を祝福するということになり、
先制攻撃さえしなければ、核兵器は必要悪だという認識を示していた。

総主教からの祝辞は、こうであった。
「あなた方に任された核兵器が常に神の手中にあり、
(使途を)抑止と報復に限った兵器にとどまることを祈る」(共同通信)

他方、中国では、
共産党革命の聖地とされる「延安」に、カトリック教会を建設することになった。
公的に3億円が投入されるという。

理由は簡単である。
地下教会への迫害が、国際的非難を浴びているため、
その非難をかわすためのポーズのようなものである。

中国には、どのくらいの数のクリスチャンがいるのか。
国民は13億人以上いる。
そのうち、1億人程度はほぼ公的に認められている。
しかし非公認のいわゆる地下教会を合わせると、
国民の10パーセントは下らないとも言われる。

となると、日本国民の数と同じだけの
クリスチャンがいることになる。

どちらにしても、政治制度が異なり、
国家と宗教が結びつく場面での出来事なので、
私にはどう評価してよいのか分からない。

純朴なクリスチャンの中には、
上のニュースに、けしからん、と憤る方もいらっしゃることだと思う。
だが私は、実のところ、これはもはや人間の目による善悪のレベルとは
違ってきているようにしか思えなくなった。

因みに
モンゴルでも、クリスチャン人口の割合は、1.5パーセントだという報告を見た。
福音宣教開始、まだ15年である。
もちろん、クリスチャンと言っても、変な言い方だが、初心者が多いかもしれない。
報告では、これからまだ「仕えること」「従順」「自己否定」などを
経て成長していく必要があると言っている。
それにしても、驚くべき数字ではある。

日本の常識とはいったい何だというのだろう。