学資保険には、苦い思い出がある。
長男の学資保険を思い立ち、申し込んだとき、
喘息の既往症があるので
学資保険は立てられない、と言われたのだ。

子どものために、などという
美しいフレーズで宣伝した郵便局の学資保険。
しかし、喘息の子どもに対しては
門前払いだったのだ。
次男はまだ産まれてまもなかった。こちらは、学資保険ができた。その保険が間もなく満期を迎える。郵便局からも、満期の通知が届いた。受け取り方法については、予め電話で確認した。必要な書類や準備するもの、その他細かなこともすべて尋ねた。ところが、突然郵便局ですが、と訪ねてくる人がいた。郵便物の心当たりはさしあたりないので、郵便ですかとコールで訪ねたが、説明はなかった。玄関に、局員が二人現れた。学資保険の満期についてだという。だが、訪問があるなどという話は聞いたことがない。ハガキにも書いていないし、電話で細かく尋ねたときにも、全くそんな話はなかった。そして局員は、今ここで手続きをすることができる、と誘った。そのために、保険証書を預かりたい、と言うのだ。応対に出たのは妻であった。全く聞いたことがない話であるわけで、妻は混乱した。爪に火をともすようにして長年つぎ込んできた、学資保険の証書である。何の前触れも説明もなく、現れた二人組がそれを預かります、と言って、渡す親がいるだろうか。聞く限り、二人は詐欺師ではなかったようだった。満期の金額を早く受け取るために、家庭を訪問して、そこでいわば予約をとることができるのだという。つまりは、彼らにしてみれば「サービス」のつもりであった。騙されるような危険もあるわけですよね、と妻が怒りをぶつけると、郵便局の名札と、首から提げている身分証明書を見せて、間違いありませんから、と二人は笑った。ばかな。そんなもの、詐欺師なら誰だって作れる。とにかく、虎の子の証書を、いきなり預かりますなどと言う訪問者に預ける者が今の時代にいるとすれば、よほどのお人好しだ。ちゃんと、預かり証を出しますから。そんな説明もしたが、その預かり証の保証は、誰がするのだろう。名札よりももっと簡単に作れるではないか。結局書類だけもらい、帰って戴いた。私たちは、窓口で手続きします、と言って。はたして、これは「サービス」なのだろうか。私は大いに疑問をもつ。このような制度があるのならば、まったくもって、詐欺を横行させるだけではないか。そして、私のこの告発を、逆に詐欺師が見て、いい方法だ、などと真似したとしたら、私がその犯罪に加担したことになるかもしれない。書くのはずいぶんためらった。だが、たぶんその郵便局にかけあっても、そういうサービスをご理解ください、で終わるに違いない。だから、逆に郵便局の側が、詐欺師よりもこの文章を先に読んで、こんな「サービス」を止めてもらいたい。それよりも、民営化後、集配郵便局が遠くなって、郵便物について実に不便なことが生じている。そもそも、昔年と比べて、郵便物というものが激減している以上、経営が苦しいことも私なりに理解はしているが、そんな犯罪誘発的な外回りをする余裕があるくらいならば、もっと役に立つ「サービス」をすることがいくらでもできるはずではないか、と言いたい。