祈りは
祈りの文句を口で称えることだろうか。

口で美辞麗句を掲げつつ、
言い終われば、「そうは言ってもね……」などと
照れ笑いを浮かべるようであれば、
それはもう祈りなどではない。

いくら時間を費やして
多くの言葉を並べても、
祈りでも何でもない。

うつむいて手を組んで
ぶつぶつと言葉を並べることなどなかったとしても、
「アーメン」つまり「まことにその通りです」と
心の底から言い切っている姿があれば、
それはまさしく信仰であろう。

イエスは、祈る時間について何かを命じたことはなかった。
パウロは、絶えず祈れと言った。
言葉を出すことだけが祈りであれば、
パウロは不可能なことを言ったことになる。
パウロの言葉は、すべての意志が神のそれに合うように
信仰し従順であれと言ったようなものであろう。
それが祈りと言えるならば、
私はまたそのことに「アーメン」と言おう。