講師を選ぶ。
たいてい、近隣から選ぶ。
交通費がもてないし、
わざわざ東京や関西から福岡に呼ぶとなるほどに、
特伝をみっちり企画しているわけでもない。

ただなんとなく、ゲストを招いて、
ふだんと違う特別なのですよ、という形を作りたい。

知り合いの牧師どうしで、
互いに連絡しあい、
今年は誰を呼ぶか、という程度で人選されていく。
それはある種の顔出しでもあり、巡回のようでもある。

さして場慣れをしたわけでもない、
ただの牧師が、他の教会で特伝講師として厚遇を受ける。

いわば、プロの伝道師ではないのに、である。

先日、礼拝の中で、説教者が話を引用するために、
中川健一先生の名前を出した。
悲しいかな、福岡では、誰も知らなかった。
私は、関西にいたから、それなりに知っている。
伝道のプロである。

これほど大きな活動をしている方の名前が
「それ、だれ?」というのも、寂しい気がする。
特伝の講師として、こうした関係の人は、福岡では
あるいは少なくともここの教会では、呼ばれることがない。

福岡なので仕方がないのかもしれない。
だが、こういうプロの説教者を呼ぶような発想がなく、
ただ、仲間内で特別講師だとしてまわしているような企画が、
はたして「特伝」なのだろうか。