自由だ、と口にする者は、
批判を受ける運命にある。
ひとつの行動をその者がとることによって、
それは他の選択ができた自由を否み、
それを選んだというのは何故か、という反論を
受ける余地を残しているからである。

おまえの行為は、
決定されていたことを否定できない、というのである。

人は、その人生を生きている。
時間の中に生きている以上は、
自由という概念を純粋に実現することはできない。
時間が、ただひとつに決定稿を送り出し続けるしかないのだ。

そういう時間の枠の中でしかものを見られない人間なのだから、
神のなしたことを見て
全能だとは言えない、などと屁理屈をこねたところで、
しょせん人間の限界を露呈しているに過ぎないものなのだろう。