福知山線の事故から二年。
後になってからなおさら、その恐ろしさのようなものが、響いてくる。
そして、遺族の心は癒せない。

それは、何の前触れもなく起こる。
ただ、人々の心の緩みが前兆となっていた、と
後から説明されるだけだ。
「これではいかん」と多くの人が思いながらも、
誰も何も直すことがない。
その結果、誰かが犠牲になる。

まさか、自分はそれに当たるまい。
たしかに、確率からすれば、そうだ。
しかし、誰かが犠牲になるのが間違いないとするなら、
その誰かを愛することは、できないのだろうか。

ひたむきな対策により、
事故のニュースが何もない、という世の中でありたい。
私たちは心のどこかで、
事件や事故が何かないと寂しい、などと考えているかもしれないから。