栗田善成のまずはラジオでおつかれさん
というラジオ番組がある。
KBCラジオで平日夕方四時から、プロ野球中継が始まる前あたりまで続く。
おとなの番組と銘打っており、色気のある話も多い。
子どもの耳の届く時間帯でどうかなと思う反面、
パーソナリティの広い知識は、多くのリスナーの信頼を得ている。
四時に始まって間もなく、
「おとなの勉強室」というコーナーがある。
ここで最近、旧約聖書を延々と物語っているのである。
私も偶々知ったので、いつからそうなのかよく知らないが、
ラハブが終わり、次はサムソンの話が続いている。
これが、生半可な解説ではない。
旧約聖書に、実に忠実に語られているので驚く。
時折はいる遊びや、「おとな」の話を除けば、
礼拝説教としても通用しそうなくらい、詳しい。
パーソナリティは、クリスチャンではない。
この場合も、ラハブといい、デリラといい、
艶話の一部として話題が組まれているのは確かである。
しかし、間違いなく、旧約聖書を十分読んだ上で、
そのストーリーをきっちりラジオの電波で飛ばしているのだ。
聖書というものに、関心をもってもらえるのなら、
これは歓迎したいことである。
事実、聖書には艶話も多い。
聖書というのは、「聖」という日本語に惑わされることなく言うならば、
人間の罪の集大成とも言える本である。決して「聖」ではない。
大切なことは、そこに記されている「罪」と
自分とが、どう結びつくか、ということである。
結びつきさえすれば、その間に存在するイエスのクロスが、
何であるのかが見えてくる。
それなしでは、十字架も、いわば意味がない。
受難日を経て、沈黙の一日、そして明日が復活祭。
というラジオ番組がある。
KBCラジオで平日夕方四時から、プロ野球中継が始まる前あたりまで続く。
おとなの番組と銘打っており、色気のある話も多い。
子どもの耳の届く時間帯でどうかなと思う反面、
パーソナリティの広い知識は、多くのリスナーの信頼を得ている。
四時に始まって間もなく、
「おとなの勉強室」というコーナーがある。
ここで最近、旧約聖書を延々と物語っているのである。
私も偶々知ったので、いつからそうなのかよく知らないが、
ラハブが終わり、次はサムソンの話が続いている。
これが、生半可な解説ではない。
旧約聖書に、実に忠実に語られているので驚く。
時折はいる遊びや、「おとな」の話を除けば、
礼拝説教としても通用しそうなくらい、詳しい。
パーソナリティは、クリスチャンではない。
この場合も、ラハブといい、デリラといい、
艶話の一部として話題が組まれているのは確かである。
しかし、間違いなく、旧約聖書を十分読んだ上で、
そのストーリーをきっちりラジオの電波で飛ばしているのだ。
聖書というものに、関心をもってもらえるのなら、
これは歓迎したいことである。
事実、聖書には艶話も多い。
聖書というのは、「聖」という日本語に惑わされることなく言うならば、
人間の罪の集大成とも言える本である。決して「聖」ではない。
大切なことは、そこに記されている「罪」と
自分とが、どう結びつくか、ということである。
結びつきさえすれば、その間に存在するイエスのクロスが、
何であるのかが見えてくる。
それなしでは、十字架も、いわば意味がない。
受難日を経て、沈黙の一日、そして明日が復活祭。