テレビのバラエティー番組の「罰ゲーム」に自粛を求める意見が
放送倫理・番組向上機構(BPO)の「放送と青少年に関する委員会」(青少年委員会)
から出された。

これを無視し続けるならば、
やがて法規制へもつながる重みのある勧告と受け止められる。これに対して、一般視聴者の中でネットを利用できる立場にいるような人の意見がよく集まっているが、罰ゲームが問題だと思わない意見が多いように見受けられた。芸人は、いじめられて喜んでいるんだ。それで笑われて名が売れるのだから。そうした、業界内部を突いた捉え方がよく叫ばれていた。以前、たまたま国語の問題として取り上げられていたダウンタウンの松本人志の文章の中に、そういうのがあった。いじられてなんぼ、という芸人の仕事なのだから余計にお世話だ、みたいな口調だったと記憶する。芸は、良い子を生むための教育ではないから、たしかに微妙な問題を含んでいる。しかし、かの論理が正当であるとしたら、どんな惨い場面でも、性的な表現でも、許されてしかるべきということになる。そうした判断力をもちにくい子どもや、不快感を覚える人に対しても、テレビというものが開かれたメディアである点は、考慮しなければならないのではないかと考えたい。インターネットにおいても、同様の懸念はある。ただ、殆ど意図せずしてどんどん茶の間(そんなものがあるのか?)に飛び込んでくるテレビ情報の中に置くべきものは、なんでもよい、という理屈は成り立ちそうにない。また、これはそうしたメディア論など守備範囲の広がる問題となる。さしあたり、かの委員会が指摘しているように、子どもに与える影響がよろしくない、という程度の理解でもいいと思う。芸人仲間のように、ルールの定まった中にあるとはいえない子どもたちの社会なのだ。現に、かんたんにいじめを助長するはたらきがそこにはあるとすれば、なんでもアリとは言えなくなるだろう。それにしても、テレビとは何だろうか、と考えたくなる一方、そんな芸とは何なのだろう、とも思う。