「未来へのたすき」という歌に
ちょっとキュン、としている。
NHKラジオ深夜便で
この7月から9月までかかっている。
芸能通でもないので、以下、
不確かな情報であるかもしれない点をご了承ください。
作詞・作曲は岡村孝子。
歌うは、「あみん」。
「待つわ」で人に知られるようになった彼女たちも、
その後別々の道を歩んだ。
が、陰でのつながりは続いていたらしい。
岡村孝子がソロで活動を続ける一方、
表向きの活動から身を引いていた加藤晴子だったが、
一時的な再結成や、コーラス参加などを経て、
昨年、正式に「あみん」が再結成された。
亡くなったZARDの坂井泉水と
聞いていて感覚的につながりを覚えるものだが、
懸命に自分に応援をしようとしていた坂井に対して、
あみんのほうが、健気な中にも
よりさわやかな風を感じるような気もした。
「未来へのたすき」は、
未来の自分につなぐことができるように、
現在の自分の一歩を大切にしようとする思いが満ちている。
こんな想いに包まれていたら、
人は自暴自棄になどならない、いや、なれないような気がする。
現在の自分もまた、
過去の自分からすれば、未来の自分なのであった。
たとえそれが理想通りの姿でなかったにしても。
悔やんでばかりいるのは
今の自分にも似合わないのだ、という気づきも歌の中にある。
ジャケットにひまわりの花が主に二本。
歌詞のさわりでも、
自分はいつもひまわりを見つめていたのだ、ということが
繰り返されていく。
その「ひまわり」とは、
「あみん」が、一年前に
正式に再結成したときに出した新曲である。
悔やんだり過去を見つめたりする自分の隣には、
凛としたひまわりが。
こんなに、陽射しが満ちていて、
それをしっかり受けとめている。
まだ、理想を追って歩み続けることができる、と
教えてくれるそのひまわりに、
気負いすぎることもせず、うなずく自分を大切にしようとしている。
そのイメージが、「未来へのたすき」でも
同じままに保たれているのだろう。
めいっぱい岡村孝子らしい曲で、
いったい二十年あまり何も変わっていないのでは、とも感じるが、
だいたい私もそうだ。そんなに変わるものじゃない。
何枚か、アルバムももっている。
Good Day なんか、私にとって傑作である。
このあたりにも、ひまわりのイメージが
ずっとつきまとっていたように思うが、
おそらく岡村自身の、憧れの姿なのだろう。
だから、そのイメージをまさに「ひまわり」としたのだろうし、
そのイメージをそのまま「未来へのたすき」にも
つないだのだろう。
今日の一日は、
いまこの一瞬は、
かけがえのない時なのだ。
太陽は、今日も同じように輝いている。
自分へもそうだが、
未来の誰かへもまた、
たすきを渡さなければならない。
何を伝えるか、またそのために、
今時分がどう生きるか。
大切にするべきものは、たくさんある。
昔、愛という言葉がまだなかったに等しかったころ、
聖書を日本語に訳そうとした先人は、
愛するという意味の語を、「大切にする」と訳した。
自分に大切にするものがあるように、
ほかの人にも大切にするものがある。
そんな伝え方でも、よいのかもしれない。
「未来へのたすき」
ラジオ深夜便では、
隔週で毎日放送されている。
ちょっとキュン、としている。
NHKラジオ深夜便で
この7月から9月までかかっている。
芸能通でもないので、以下、
不確かな情報であるかもしれない点をご了承ください。
作詞・作曲は岡村孝子。
歌うは、「あみん」。
「待つわ」で人に知られるようになった彼女たちも、
その後別々の道を歩んだ。
が、陰でのつながりは続いていたらしい。
岡村孝子がソロで活動を続ける一方、
表向きの活動から身を引いていた加藤晴子だったが、
一時的な再結成や、コーラス参加などを経て、
昨年、正式に「あみん」が再結成された。
亡くなったZARDの坂井泉水と
聞いていて感覚的につながりを覚えるものだが、
懸命に自分に応援をしようとしていた坂井に対して、
あみんのほうが、健気な中にも
よりさわやかな風を感じるような気もした。
「未来へのたすき」は、
未来の自分につなぐことができるように、
現在の自分の一歩を大切にしようとする思いが満ちている。
こんな想いに包まれていたら、
人は自暴自棄になどならない、いや、なれないような気がする。
現在の自分もまた、
過去の自分からすれば、未来の自分なのであった。
たとえそれが理想通りの姿でなかったにしても。
悔やんでばかりいるのは
今の自分にも似合わないのだ、という気づきも歌の中にある。
ジャケットにひまわりの花が主に二本。
歌詞のさわりでも、
自分はいつもひまわりを見つめていたのだ、ということが
繰り返されていく。
その「ひまわり」とは、
「あみん」が、一年前に
正式に再結成したときに出した新曲である。
悔やんだり過去を見つめたりする自分の隣には、
凛としたひまわりが。
こんなに、陽射しが満ちていて、
それをしっかり受けとめている。
まだ、理想を追って歩み続けることができる、と
教えてくれるそのひまわりに、
気負いすぎることもせず、うなずく自分を大切にしようとしている。
そのイメージが、「未来へのたすき」でも
同じままに保たれているのだろう。
めいっぱい岡村孝子らしい曲で、
いったい二十年あまり何も変わっていないのでは、とも感じるが、
だいたい私もそうだ。そんなに変わるものじゃない。
何枚か、アルバムももっている。
Good Day なんか、私にとって傑作である。
このあたりにも、ひまわりのイメージが
ずっとつきまとっていたように思うが、
おそらく岡村自身の、憧れの姿なのだろう。
だから、そのイメージをまさに「ひまわり」としたのだろうし、
そのイメージをそのまま「未来へのたすき」にも
つないだのだろう。
今日の一日は、
いまこの一瞬は、
かけがえのない時なのだ。
太陽は、今日も同じように輝いている。
自分へもそうだが、
未来の誰かへもまた、
たすきを渡さなければならない。
何を伝えるか、またそのために、
今時分がどう生きるか。
大切にするべきものは、たくさんある。
昔、愛という言葉がまだなかったに等しかったころ、
聖書を日本語に訳そうとした先人は、
愛するという意味の語を、「大切にする」と訳した。
自分に大切にするものがあるように、
ほかの人にも大切にするものがある。
そんな伝え方でも、よいのかもしれない。
「未来へのたすき」
ラジオ深夜便では、
隔週で毎日放送されている。