電車の中で携帯電話で話をするのはやめてほしいのだが、
何か改まって話している女子高校生がいた。
事務的なことらしい。
話したい当の相手が不在のようで、
事務員らしい電話の相手は当然伝言しましょうというふうに話をもっていく。
だが、その女子高生は、直接自分の相手と話したいと言っている。
この話がなんだか噛み合わないらしい。

「だからですね。~なので、直接会って話したいわけです」
すると電話相手が何か説明しています。
「いえ、だから、~なので、伝言ではなく、直接話したいわけですよ」
また少し反応があった後、
「ですからね、~なので、私は直接会って……」

なんとか電話が終わると、
女子高生は、仲間に、「なんで分からんのやろか」と怒って話していた。

彼女の言葉の「~」の部分は、すべて同じ内容である。
問題は、ここにあるのではないか、と私は感じた。

こちらの言っている話が、相手に通じないとする。
その相手がよほど妙な人間であるとか保身に努めているとかいうのでない限り、
意味が分かってもらえないということは、
こちらの説明の仕方に工夫が足りないことがあるのだ。

理解してもらえないときに、
こちらが同じ言葉で同じように説明したところで、
分かってもらえる可能性は低いものである。
聴力に問題があって聞き取れていない、というのでない限り、
その言葉や説明の意味が相手に伝わっていないのである。

だから、相手に伝わっていないと気づくや否や、
話の上手な人は、必ず表現を変える。
単語を変えたり、言い回しを変えたり、
あるいは何か例やたとえを用いたりする。
相手との間に、どこか噛み合う接点はないかと探すのである。
同じことをただ繰り返すしか能がないのは、
語彙不足ということのほかに、
コミュニケーションの方法というものを
高校生がこれまで体得してこられなかったことを示している。

授業の上手な先生は、当然いつも実行しているコツである。
だからまた、たくさんの言葉を知っておくことが大切なのである。
言い回しをたくさん知っていることが、
伝える道も幾種類ももっているということになる。
さらに、言葉でしか人間は思考しないから、
この人はいろいろな思考ができる、ということになるだろう。

世の中には、いくらこちらが言い方を変えても、
まったく理解できないという顔をする人もいる。
「えらい」人ほど、概してそうである。
大変「えらい」人なので、
他人をわざわざ理解しようなどという気が起こらないのかもしれない。