長男は、喘息児であった。
それは、親が悪かった。
住環境が、喘息になれ、と言っているようなものだった。
だが、無知は怖い。
子どもを、重傷の喘息児にしてしまった。
京都で、かなり重傷扱いの治療をしてもらい、
夜な夜な吸入に走っているようなことがあった。
次男は、食べ物でやらかした。
私が、乳製品を与えてしまったのだ。
しばらく、乳製品で顔が真っ赤になっていた。
福岡へ来て、
長男の喘息は嘘のように引いていった。
次男も問題がなくなった。
三男には、見た目何も現れていないようだった。
もちろん、住環境の改善などはあったし、
体質的なものがあるかもしれないので、用心はした。
三男が風邪気味だ。
咳が出て、ちょっといやらしいので、
小児科へ連れて行った。
気管支拡張剤を処方してもらうのは、
久しぶりのことだ。
喘息という診断ではない。
その傾向にあるというだけで、
ひどく用心していなければ悪化するというものでもないらしい。
だが、用心に越したことはない。
小児科が激減している。
診療報酬改定は、ますます小児科を圧迫している。
子どもが減っていては、商売にならないのだという。
人が病気になってこその経営となる医療。
だのに、医術は算術の問題に変換されてしまいそうになっている。
郵便局と同じだ。
民営化されて、過疎地から消えようとしている。
あれほど、そんなことはない、と豪語していたはずなのに、
経営の原理で動くようになると、仕方ないのだ。
利益の上がらない部門は消えていく。
小児科は利益が出ない。
だから、減っていく。
弱い者、小さな者を守るということこそ、
新約聖書の教えるところだったはず。
いや、おそらく旧約聖書もそうに違いない。
クリスチャンは、もっとこのことを問題にしてよいはずだ。
それは、親が悪かった。
住環境が、喘息になれ、と言っているようなものだった。
だが、無知は怖い。
子どもを、重傷の喘息児にしてしまった。
京都で、かなり重傷扱いの治療をしてもらい、
夜な夜な吸入に走っているようなことがあった。
次男は、食べ物でやらかした。
私が、乳製品を与えてしまったのだ。
しばらく、乳製品で顔が真っ赤になっていた。
福岡へ来て、
長男の喘息は嘘のように引いていった。
次男も問題がなくなった。
三男には、見た目何も現れていないようだった。
もちろん、住環境の改善などはあったし、
体質的なものがあるかもしれないので、用心はした。
三男が風邪気味だ。
咳が出て、ちょっといやらしいので、
小児科へ連れて行った。
気管支拡張剤を処方してもらうのは、
久しぶりのことだ。
喘息という診断ではない。
その傾向にあるというだけで、
ひどく用心していなければ悪化するというものでもないらしい。
だが、用心に越したことはない。
小児科が激減している。
診療報酬改定は、ますます小児科を圧迫している。
子どもが減っていては、商売にならないのだという。
人が病気になってこその経営となる医療。
だのに、医術は算術の問題に変換されてしまいそうになっている。
郵便局と同じだ。
民営化されて、過疎地から消えようとしている。
あれほど、そんなことはない、と豪語していたはずなのに、
経営の原理で動くようになると、仕方ないのだ。
利益の上がらない部門は消えていく。
小児科は利益が出ない。
だから、減っていく。
弱い者、小さな者を守るということこそ、
新約聖書の教えるところだったはず。
いや、おそらく旧約聖書もそうに違いない。
クリスチャンは、もっとこのことを問題にしてよいはずだ。