私とてさほど詳しいわけではないが、
赤穂浪士の討ち入りと聞けば、
年末の日本人好みの物語として、多少のことは聞いている。

12月14日の深夜だったというから、
討ち入りそのものは15日の日付になっていたのだろうか。
この時期、しばしばテレビドラマなどが放映される。

旧暦であることを考えると、
ドラマでの雪景色も1月ということで納得がいくというものだ。
ただし、雪はフィクションであるらしいとも聞く。

刃傷沙汰という言葉も、
この物語から覚えたような気がする。

悪法もまた法なり、ということで
毒ニンジンをあおいだソクラテスと比較してみるのも面白い。
ギリシアにおいては、あくまでもロゴスに従うかどうかの問題であり、
日本では、どうなのだろう。判官贔屓とまでは言わないが、
人情通りに行かぬ世間の成り行きに耐えるという、
同時代の近松の心中物とも通じるものがあるのだろうか。

討ち入りは元禄時代。
安定した江戸時代はこのあたりまでか。
政治システムとして優れた時代であったとは思うが、
安定のツケが徐々にまわってくる。
行き詰まりから経済改革が以後続いていくことになる。
まるで私たちのバブル期のようだ。

ところで、四十七士という数も、なんだかいい。
素数である。
ホークスの工藤の背番号にはいつもこの赤穂義士たちを感じていた。
潔く散るよりも長く投手生命を保ってほしい。
今は杉内が受け継いでいる。
工藤を思い起こさせるサウスポーだが、
地元福岡の人間でもあり、活躍を願いたいところだ。