赤福?
白い恋人たち?
まるで運動会でもしているかのような色具合だ。
何の競争をしているのだか。
一度失った信用を取り戻すのは、大変だ。
雪印
不二家
こちらは富士山の風景なのか。
鶏肉の擬装も続けていたのが、
ついにばれた。
良心の呵責がない人ではなかったようだが、
この虚偽の責任は重い。
何も驚きはしない。
学校組織や教育委員会というところは、
とにかく擬装と虚偽の充ち満ちたところであることは
よく知っている。
公教育とは、
道徳を教える国語教師も、
組織のロボットに簡単になってしまう世界である。
小中学校にこの種の統率が強いように見える。
子どもたちに教えている組織がそうなのである。
だんだんと、こういう擬装のほうか社会の常識であるという感覚になる。
正直にするほうが、何かおかしいのではないか、というふうに。
嘘を問題にすると、「大人になれよ」などと
誰かに肩を叩かれそうである。
人を騙すことが、生き方なのである。
ふと、テレビCMを見つめた。
これもまた、ある意味で騙すようなものかもしれない。
自らの欠点を伝えはしない。
つねに、人が飛びつきそうなよい点だけが知らされる。
商売とは、そういう面がなければならない、とも言える。
人を信じるという言葉は美しいが、
現実にはおよしなさい、というのが教訓なのだろうか。
子どもたちは、この世界を、「信じられるもの」として
生まれ育つことが、健全な育成に欠かせないという。
だが、信じていくことを、大人が平気で裏切っていく。
でも、よいのかもしれない。
人を信じることはできないのだ、と
いっそのこと、きちんと味わうことが、必要なのかもしれない。
白い恋人たち?
まるで運動会でもしているかのような色具合だ。
何の競争をしているのだか。
一度失った信用を取り戻すのは、大変だ。
雪印
不二家
こちらは富士山の風景なのか。
鶏肉の擬装も続けていたのが、
ついにばれた。
良心の呵責がない人ではなかったようだが、
この虚偽の責任は重い。
何も驚きはしない。
学校組織や教育委員会というところは、
とにかく擬装と虚偽の充ち満ちたところであることは
よく知っている。
公教育とは、
道徳を教える国語教師も、
組織のロボットに簡単になってしまう世界である。
小中学校にこの種の統率が強いように見える。
子どもたちに教えている組織がそうなのである。
だんだんと、こういう擬装のほうか社会の常識であるという感覚になる。
正直にするほうが、何かおかしいのではないか、というふうに。
嘘を問題にすると、「大人になれよ」などと
誰かに肩を叩かれそうである。
人を騙すことが、生き方なのである。
ふと、テレビCMを見つめた。
これもまた、ある意味で騙すようなものかもしれない。
自らの欠点を伝えはしない。
つねに、人が飛びつきそうなよい点だけが知らされる。
商売とは、そういう面がなければならない、とも言える。
人を信じるという言葉は美しいが、
現実にはおよしなさい、というのが教訓なのだろうか。
子どもたちは、この世界を、「信じられるもの」として
生まれ育つことが、健全な育成に欠かせないという。
だが、信じていくことを、大人が平気で裏切っていく。
でも、よいのかもしれない。
人を信じることはできないのだ、と
いっそのこと、きちんと味わうことが、必要なのかもしれない。