便利さを求めてきた。
それでも、まだ飽き足らない。
もっと、便利にしてほしい。

便利さは、私たちから、自分で考える機会を奪ってきた。
また、金銭をも奪ってきた。
その金銭を稼ぐために、日々汗水垂らしているのだから、
私たちは、労働によって便利さを買ってきたようなものだ。

誰かの手に、その金が集まる。
権力ある者には、集まりやすい。

権力者はますます金をもち、権力が増し、
一方で人々は自ら考えることを忘れていく。

そうして取り交わされる便利さとは、いったい何だろうか。
わずかに手を汚すことを避けるための装置?
人のことを記憶させておくための装置?

イギリスの調査では、自宅の電話番号を思い出せない人が
4人に1人。
二十代以下だと3人に1人とか。

古来、権力者の狙いとその支配の実情はそのようなものだとはいえ、
これだけ情報が溢れ通りよくなっているかのように見えながら、
中身が同じかあるいはそれ以下だということに、
むしろ恐ろしさを感じるのは、杞憂だと言えるだろうか。

もはや感情を原理として
世界がなだれ込むように動いて傾いていくのではないか、と。