大阪市東淀川区の小さな公園の砂場で、
小学四年生の子どもが怪我をした。
砂場の中に、カミソリが数本あったのだという。
怪我をした子は幸い軽傷であった。
その子の母親は、「誰かが故意に埋めたとしか思えない」と発言している。
状況がまったく分からない以上、
これを大袈裟だと考える人もいるかもしれない。
公園で怪我をするということくらい、
日常的な事柄でもあるので、
こうした事故は、少なからずあるように思う。
大阪市は、市内の砂場777箇所を点検し始めたというから、
その数に改めて驚く。世間の眼差しが厳しいから、とりあえず大阪市は、点検をするだろう。が、それが一過性のものでしかないように予想するのは、私だけではないだろう。問題になったから、とりあえずせなあかんやろ、という論理である。近年、砂場は減少の傾向にある。細菌感染などの懸念がもちあがり、無難路線を選ぶ行政は、砂場の撤去に勤しんでいる。ブランコなども、事故が起これば一斉になくなってゆく。老朽化のための事故が最近よく報じられているが、たしかに昔のものはいずれどうにかなるものではある。中には、塗装だけして新しそうに見える場合もあるから、分からない。どんな遊具でも、怪我は避けられない。ただ、減らすことはできよう。知恵は用いなければならない。と同時に、子どもにいろいろな体験をさせたい思いもある。砂場を知らないでは、人生で大切なことを学べないようにさえ思う。四年生はともかく、幼児ならば、たしかに公園は怖い部分がある。どこにでも、ガラス瓶の欠片がある。そして、タバコの吸い殻も。公園の横にあるシルバー人材センターの職員が、建物の中では吸えないから、と子どものいる外で煙を撒き、吸い殻を捨てる風景を目撃したこともある。とりたてて悪いことをしている意識など、ない。ガラスも、ジュースを飲んだ後に瓶を側溝の蓋で割ったというだけの意識しか、ないのだろうと思う。まして、吸い殻など、断言するが、全く何にも考えずに、吸ったから捨てるということしか、していない。役所の中で吸えない職員ほどになると、出口の灰皿のところでぷかぷか吸った後、ちゃんと灰皿に捨てるものだから、誰かに迷惑をかけているなどという気はさらさらなく、おそらく、喫煙者は肩身が狭い、と被害者的姿勢しか頭にはないだろう。「俺には悪意はないから」何をしてもよいのだという構えが、そこにある。無邪気にやられると、被害者が何を言っても、無駄となりかねない。だって、「俺は悪いことは何もしていない」のだから。
小学四年生の子どもが怪我をした。
砂場の中に、カミソリが数本あったのだという。
怪我をした子は幸い軽傷であった。
その子の母親は、「誰かが故意に埋めたとしか思えない」と発言している。
状況がまったく分からない以上、
これを大袈裟だと考える人もいるかもしれない。
公園で怪我をするということくらい、
日常的な事柄でもあるので、
こうした事故は、少なからずあるように思う。
大阪市は、市内の砂場777箇所を点検し始めたというから、
その数に改めて驚く。世間の眼差しが厳しいから、とりあえず大阪市は、点検をするだろう。が、それが一過性のものでしかないように予想するのは、私だけではないだろう。問題になったから、とりあえずせなあかんやろ、という論理である。近年、砂場は減少の傾向にある。細菌感染などの懸念がもちあがり、無難路線を選ぶ行政は、砂場の撤去に勤しんでいる。ブランコなども、事故が起これば一斉になくなってゆく。老朽化のための事故が最近よく報じられているが、たしかに昔のものはいずれどうにかなるものではある。中には、塗装だけして新しそうに見える場合もあるから、分からない。どんな遊具でも、怪我は避けられない。ただ、減らすことはできよう。知恵は用いなければならない。と同時に、子どもにいろいろな体験をさせたい思いもある。砂場を知らないでは、人生で大切なことを学べないようにさえ思う。四年生はともかく、幼児ならば、たしかに公園は怖い部分がある。どこにでも、ガラス瓶の欠片がある。そして、タバコの吸い殻も。公園の横にあるシルバー人材センターの職員が、建物の中では吸えないから、と子どものいる外で煙を撒き、吸い殻を捨てる風景を目撃したこともある。とりたてて悪いことをしている意識など、ない。ガラスも、ジュースを飲んだ後に瓶を側溝の蓋で割ったというだけの意識しか、ないのだろうと思う。まして、吸い殻など、断言するが、全く何にも考えずに、吸ったから捨てるということしか、していない。役所の中で吸えない職員ほどになると、出口の灰皿のところでぷかぷか吸った後、ちゃんと灰皿に捨てるものだから、誰かに迷惑をかけているなどという気はさらさらなく、おそらく、喫煙者は肩身が狭い、と被害者的姿勢しか頭にはないだろう。「俺には悪意はないから」何をしてもよいのだという構えが、そこにある。無邪気にやられると、被害者が何を言っても、無駄となりかねない。だって、「俺は悪いことは何もしていない」のだから。