お節料理。
すっかり、注文するような文化になってしまったようだ。
都市部だけではない、とも聞く。

その家の味、その家系に言い伝えられた味が、あるという。
地域の風習に従い、
あるとはその家の伝統に従い、
丁寧にしこまれて準備されるのがそれであった。

それは、正月に女性の手を休めるためだ、という
まことしやかな説も流れていた。
だが、結局雑煮をこしらえたり、餅を焼いたり、
女性は、年末にてんてこまいを経た後、
正月にも休めることなどなかったのである。

生活スタイルが変わった影響は大きい。
せめて正月の雰囲気を味わいたいと思いつつも、
お節料理は、せめて出来合のものを買わないと、
やっていられなくなってしまった。

お節のひとつひとつには、
昔の人の知恵や願いがこめられていた。
駄洒落のようなものもあるが、
貴重な栄養源であったとも言えるだろう。

何かそれらを少しでも、
子どもたちに伝えられないか。
そう思いつつ、妻は、お節を作る。
やはり全部は手作りというわけにはゆかない。
それでも、一部でも、手をかける。
子どもたちにそれほど人気があるようでもない。
だが、伝えようという気持ちは、伝わってくる。

味というものを伝えるのは難しい。
しかし、味はむしろ、心として伝わっていく、とも言える。
だから、心において、杜撰であることはよろしくない、と考える。
なかなか、実行はできないのであるが。