マクドナルドに限りはしない。
モスバーガーは、味は一番買っているが、ここも同様である。
タバコの煙が、充満している。
とても、食べるどころの話ではない。
たしかに、「禁煙席」というのがある。
しかし、そこへも隣の席から煙が流れ込む。
「禁煙席」というのは、そこに座ってタバコを吸うことができない、というだけで、
そこに煙がこない、という意味ではないのだ。
だったら、何のために、あるのだろう。
端的に尋ねたい。禁煙席とは、何ですか?
何年か前、まだ長男が喘息で苦しんでいたときのこと。
特急列車の「禁煙席」を予約した。もちろん、指定席である。
これで、タバコの煙を避けることができる、と安心していた。
実にガラガラの車輌であった。
ただ、前の席は、禁煙席ではなかった。
そこの二人が、タバコを吸いたいだけ吸っていた。
しかし指定席である。むやみに動くのは違反である。
長男に、喘息の発作が起きた。
事情を話して、空いた後のほうの席に移動することが許された。
しかし、しょせん同じ車輌である。
漂う煙はそこまでも来たし、発作は治まらなかった。
目的地に着くと、病院にかつぎこむこととなった。
旅は台無しであった。
もちろん、一番苦しかったのは子どもなのであるが。
喘息発作を起こす可能性のある子どもは、決して希有ではない。
しかも、一度発作を起こすと、肺が元の状態に戻るのに、一ヶ月ほどかかると言われている。
タバコを吸う人よ。
あなたの煙は、全治一ヶ月の重症を、もたらしているのだ。
そしてJRもまた、禁煙席という名で義務を果たしたとでも思っていたら、
とんでもないことだ。
こんな具合なら、禁煙席というのは、重症患者を出すために作っているようなものだ。
今日も、駅のホームで堂々とふかしている人がいた。
歩きながら、タバコを吸える神経の人間が、いた。
中には、「俺たちは税金を払っているんだぜ」と居直る者もいる。
私は、人間が本来善であるという説にだけは、絶対に賛成できない。
モスバーガーは、味は一番買っているが、ここも同様である。
タバコの煙が、充満している。
とても、食べるどころの話ではない。
たしかに、「禁煙席」というのがある。
しかし、そこへも隣の席から煙が流れ込む。
「禁煙席」というのは、そこに座ってタバコを吸うことができない、というだけで、
そこに煙がこない、という意味ではないのだ。
だったら、何のために、あるのだろう。
端的に尋ねたい。禁煙席とは、何ですか?
何年か前、まだ長男が喘息で苦しんでいたときのこと。
特急列車の「禁煙席」を予約した。もちろん、指定席である。
これで、タバコの煙を避けることができる、と安心していた。
実にガラガラの車輌であった。
ただ、前の席は、禁煙席ではなかった。
そこの二人が、タバコを吸いたいだけ吸っていた。
しかし指定席である。むやみに動くのは違反である。
長男に、喘息の発作が起きた。
事情を話して、空いた後のほうの席に移動することが許された。
しかし、しょせん同じ車輌である。
漂う煙はそこまでも来たし、発作は治まらなかった。
目的地に着くと、病院にかつぎこむこととなった。
旅は台無しであった。
もちろん、一番苦しかったのは子どもなのであるが。
喘息発作を起こす可能性のある子どもは、決して希有ではない。
しかも、一度発作を起こすと、肺が元の状態に戻るのに、一ヶ月ほどかかると言われている。
タバコを吸う人よ。
あなたの煙は、全治一ヶ月の重症を、もたらしているのだ。
そしてJRもまた、禁煙席という名で義務を果たしたとでも思っていたら、
とんでもないことだ。
こんな具合なら、禁煙席というのは、重症患者を出すために作っているようなものだ。
今日も、駅のホームで堂々とふかしている人がいた。
歩きながら、タバコを吸える神経の人間が、いた。
中には、「俺たちは税金を払っているんだぜ」と居直る者もいる。
私は、人間が本来善であるという説にだけは、絶対に賛成できない。