4月29日に日本へ行く。それまでにのぞみともっと上手く話せるようになりたくて、ずっと日本語の勉強を続けているけれど、ふと鏡を見ると疲れ切った自分がいる。

1、2月はYouTubeで独学し、3月から4月にかけては語学学校に通って基礎文法を学んでいる。でも、そろそろ限界かもしれない。何度も覚えたはずの単語を忘れ、文型も文法も時間が経てばこぼれ落ちていく。

会いに行くたびに成長しているのぞみのように、自分も努力して成長した姿を見せたかった。気持ちばかりが焦るのに、勉強できる時間は限られている。それに、若い頃に比べて効率も悪くなった気がする。昔から外国語は苦手で、他の何よりも難しく感じる。

こんな否定的な考えが頭をよぎると、「今の自分、これで合っているのかな」という雑念に囚われてしまう。


日本に行くために休暇を取らなければならなかったので、最近は残業があまりにも多かった。

働き、残業して、運動して、塾へ行く。一日があまりにも忙しすぎる。おまけに最近のイラン戦争で燃油サーチャージが上がり、航空券や宿の予約など、気に障ることが多すぎる。

筋トレも頑張っていますが、精神的に疲れているのか、なかなか身に入りません。


そんな中、すぺぷらやのぞみに会えず、ただXで状況を眺めているだけの自分が惨めに思えてくる。 のぞみやすぺぷらーのみんなの書き込みを見るたび、彼女が本当に必要としている瞬間に力になれない自分を痛感し、他のファンと比べて悲しくなる。 配信でファンと楽しそうに話す姿を見ても、自分は精一杯の応援の言葉しかかけられない。チェキの時に楽しそうに話しているファンとは違い、自分はのぞみのことを何も知らないんだと、距離の遠さを突きつけられる気分だ。


「あそこは、自分が行ってもいい場所なのだろうか」 一日中、自分自身に同じ問いを投げ続けていた。 日本人でもなく、日本に住んでいるわけでもないのに、無理してファンになって自分の心を削り、グループやファンのみんなに迷惑をかけているのではないか。今からでも辞めるべきではないか。そんな考えが頭から離れない一日だった。

 

のぞみの周りには、いつものぞみを想い、そばにいて力になってくれるファンがもうたくさんいる。そんな中で、たまにしか会いに行けず、言葉も上手く通じなくて、楽しく過ごすことさえままならない自分なんて、いなくても大丈夫なんじゃないだろうか。

たとえいなくなっても、すぐに忘れられて、平気なはずだよ

 

それでも、もう少しだけ頑張ってみよう。のぞみにとって自分の存在に大きな意味なんてないということを、偶然始まったこの出会いがただの通りすがりの縁だったという確信が持てるまでは、耐えてみるんだ。

1月22日にねるを応援するのを諦めた時と同じことが、また繰り返されるのだろうか。