早朝覚醒じゃないこれは立派なたいりょくがついたんだろう | ハロー人生!!

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いつまでも成長期の負けず嫌いな末っ子のノンフィクションサクセスストーリー。

おはようございます。

昨日の仕事とぱみゅぱみゅレボリューションで暴れたせいでかんなり深い睡眠をげっちゅできました。


にしても起床時間が五時半って自分は睡眠薬四錠飲んでるはずなのに笑


ただ、睡眠時間は六時間取れれば、そして仕事に支障がでない健康状態であれば問題ないです。

今までは眠れないだけで不安になったり病気の早期警告サインだとか思ってたんですけど。


以前作業療法士のマネージャーさんと個室で話してたんです。


体調崩して、というより前より気分も前向きになったり食欲が増加したり、ようは元気になりすぎてるってこと。

でも精神的な波の高ぶりはなかったんです。


ただね、自分の持病の再発の最初ってそこに高ぶりがでると確実に入院レベルの症状に悪化するんです。

で、悪化した結果すべてはやり直しで、人間関係もずたずたに自らしちゃって友達がいなくなったりして、そういうのが人生で二回あったのです。

一回目の時は、誰もこのブログ見てる人はいないから書きますが、


高校で心がやんでいたのです。

人に嘘をついたことでその人に見限られてその人に嫌われてしまったこと。

その後悔は悔やんでも悔やみきれないしそこから自分は少しずつ自己否定の人間になっていったんです。

だって昨日のブログにも書いたけど嘘をつく人間は最低なんですよ。

冗談でかます嘘はいいんです。ただ自分がついたのは策略的な嘘。

それだけじゃないんだろうけどその時は17歳で義理も人情もあまり何が本当かわからないくそ野郎だったんですよ。

話はもどってほかにもセブンイレブンでバイトしてたんです。

みんなから可愛がられてたんです。

ただ、店長ともう一人の嫌われている店員に人の仕事のずさんさが見えたら報告しろって強制的に言われてそれを鵜呑みにしてやったんです。


そしたら、一人の姉御に完全無視されるようになってだんだんいずらくなるし、でも店長にはやれと言われるし17歳の自分は何が本当で何がいけないのかが分からなくなって。

さらに心はやんでいくんです。


そして自分はみんなのすすめ、まあ大人からのすすめで看護士が向いているって中学の時から言われてて看護士を目指してたんです。


でも、ただの専門学校じゃ管理職になれないとか親に言われて、国立の医科大の看護学部に行くように勉強しろって言われたんです。

偏差値は大体64くらいで、その時の自分はバンドに明け暮れていて数学以外偏差値に達していませんでした。

学校でも中の下くらいでした。

看護学校なら余裕で入れるし、専門卒業だって今にして思えばできる人はできるしダメな人間はダメなんです。

卓上論議と人間のその場で感じるセンスは雲泥の差があるんですから。

でも、親がいうからやらなきゃ、でもみんなは東京とか仙台とか有名な都市の大学に行くって言ってて、一人暮らしも仕送りしてもらってできるとかいっててとにかくうらやましかったんです。


自分は地元の医科大だから、毎日家から父親に送ってもらえですよ。

今の自分ならそれで合点するんです。


たださ、17歳だもん。悔しいし、貧乏な家庭に生まれてその頃兄貴にはいじめられる日々でつらかったんです。


その結果自分の精神は17歳の冬に崩壊して暴走したんです。

はっきり言っておくけどよく記憶がないっていうくらいいっちゃってて自殺未遂しちゃうんですよね。

でもね、自分は鮮明に記憶に残っているんです。

記憶力だけはいいのです。


入院する一週間前は眠れなくなり覚醒状態で。

眉毛を全部剃り落したり、その頃はやってたネットに乱文書き込みしたり、それを察知したのは親ではありませんでした。


先生だったのです。


そこから急きょ病院につれていかれて

その時は言葉も何もヘルタースケルターだったんです。


診察室で、それは病気ですって医者に言われた瞬間何かが飛び出たのかな。病院でトイレの壁にパンチしたり診察室からいきなり逃げ出して外に出て車にはねられようとしてそれを看護士5人にとらえられて、振り払って看護士の一人ぶん殴って。。。


最後は男性看護師四人くらいに抑えられて最後は隔離室でしばりつけられてモルヒネを打たれて三日記憶がありませんでした。


三日後起きても拘束がとってくれるまで一週間ありました。

モルヒネの副作用は怖くて息ができなくなって窒息死しそうになることです。あれは本当に苦しかった。

舌が勝手に空気をふさぐみたいになってしまうんです。


結局自分は一か月半そこで治療をして退院しました。


でもあがった精神はいずれ下がるんです。

そこから半年は高校に行きたくなくて毎日頭の中では死にたいのループ。でも親が頼むからとたたかれて引っ張り出されて死んだ顔そのもので行って授業中ずっと寝て、つらいときは保健室に行って寝てお昼の時だけ友達が迎えに来てくれてその友人三人とだけ交友はまだあって今ではそんな自分を励ましてくれた友人には感謝しています。


大体のクラスメイトは変わり果てたの自分の姿に何を言ったらいいのか、それとも気味悪がられたのか話をしなくなりました。


その後はどうなったか


二回再入院して失うものをさらに失って、すべての人生はやり直し。

病気っていう荷物は背負うけど薬があるし支えてくれる人がいるし、何より病気のおかげで今まで以上に成長できた自分がいるから、もう、あとは生きるだけ。


やり直しは聞くんだよ

そんな意味も込めて書いた詩です


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