大型トレーラーを運転したい! | 大型トレーラーを運転したい!

大型トレーラーを運転したい!

第三話
決断

 喜多村は彼等と別れて試験場の窓口に先週もらったばかりの大型免許証を返し、代わりに普通・大型・大自二・けん引・にマークが入っている真新しい運転免許証を受け取った。大分待たされて時間は午後四時近かった。
 
 普段仕事で乗っている本田アコードを東関東自動車道の佐倉パーキングエリヤに止めた。ここも桜が満開だった。運転席の窓を開けたら冷気が流れ込んで来たので急いで閉めた。エンジンは掛けたままにしてオートエアコンの目盛りを二十八度にする。今日交付されたばかりの真新しい運転免許証を財布から取り出しじっくりと眺めてみる。

 先週の事を思い出した。
 そもそも先週合格した大型一種自動車運転免許も偶然では無く遠藤をヨイショして、合格のコツを習ったので取れたのだった。

 大型免許実技試験は申し込み受付の締め切り間際に申し込んだので試験の順番は最後だった。十八才で普通自動車運転免許取得以来二十一年ぶりの運転免許試験だったので試験の要領がまったく分からなかったのを幸いに、私より先に実技試験を終わってコースを完走した人からコツを教わろうと思ったのだ。

 一番目の人は自信ありげにスタートして行った。難所のS字は難なくクリアーした。クランクも無事通過した。踏切に見立てた坂道発進も上手だった。ところが外周路を残り二百メートルも走ればフィニッシュになるという所で試験用車両が急に止まってしまった。

「あれ~どうしたんだ? 順調に走っていたのに」
一緒に成り行きを観ていた受験者たちはつぶやき始めた。

 誰から見てもスムーズで失敗は無い様に見えたのだった。暫くして一番目の人はスタート地点に戻って来た。実技試験用車から降りて私達のいる待合所にもどってきた。しきりに首を傾げている。どうやら納得が行かない様子だ。

「おかしいよな。ちゃんと走れたはずなんだけどな。何が悪かったのか試験官に聞いたんだけどあの野郎絶対に教えてくれないんだぜ」
知り合いらしき男と話し始めた。

 でも教えないのは当然で試験官がカンニングに手を貸すわけがない。その後連続して七人がコース途中で返された。

 次は柄の悪い、見るからに恐そうな男の番だ。ところが意に反してその男が完走出来たのだ。それが遠藤だった。遠藤は試験官から合格を告げられたらしく嬉しそうに車から降りて来た。
 私はこいつに聞くしかないと思い、謙虚な気持ちでそれとなくヨイショしながら受かったコツを聞いてみた。そうしたら遠藤は缶コーヒー一本で教えてくれたのである。それによると

「コースの縁石から五十・位の所に鋲が打ってあって、そこよりセンターライン寄りを走ってしまうとどんなに運転が巧くても絶対に落とされる。それはキープレフト違反になる。だからとにかくキープレフトで走ること」

 S字の入り口で一度切り返したり、ぎくしゃくと走ったりして決して上手な運転では無かった私が、その教え通りにキープレフトで走ったら何と合格してしまったのだ。その時私の近くで山本、中山、清水も遠藤の話に聞き耳を立てていたのだ。

 先週私が受かってしまった大型一種免許実技試験も、遠藤は八回目で受かったと話していた事を思い出した。それでもあの四人の中では一番受験回数が少ない。清水は十四回目だと言っていた。

「みんな凄い情熱だな。悔しがるわけだよ。素人が運とヨイショだけで簡単に免許証を取ってしまったんだからな」

 今日運転免許試験場で受け取ったばかりの免許証を見つめて、一週間前の出来事を鮮明に思い出してしまった所だ。

 突然地震の揺れを感じた。顔を上げると目の前に鋼材をぎっしりと積んだクリーム色の大型トレーラーが入って来た所だった。先まで進んで大型トレーラーを停められるスペースを見つけて一旦停車し、少し前進してから右バックで器用に狭い場所にぴたっと入れた。

「うーん、かっこいいな~」
 思わず呟いた。

 大型トレーラーの運転手は運転台を飛び下り、パーキングのトイレに駆け込んで行った。相当我慢していたみたいだ。

「ちょっとだけかっこ悪いな~」
そう思い直している自分に気が付く。

 今の私は直ぐにでもそのトレーラーを運転する事が出来るわけだ。

 突然楽しいイメージが湧いてくる。

 そのトレーラーの運転席に私が座っていて交差点に差し掛かる。狭い交差点を頭(ヘッド)を大きく振って曲るが、交差点に居合わせた乗用車のドライバー達は私の運転を見てきっとこう思う。

「うーん、凄い。さすがだな~。プロは違うよな~。俺もあんな大型トレーラーを運転してみたいな~。でも残念だが持っているのは普通自動車の免許だけで、大型トレーラーの免許を取る暇も無いし・・・、きっと免許取るのも大変だろうな。一体幾ら位費用が掛かるのかな?・・・無理だよな。・・・どうせ俺には出来ないな」
そう思って諦めてしまう事だろう。

 免許を手にしただけなのに今の私ははプロのドライバーだ。

 男の子なら誰でもそうだろうと思うが、私も子供の頃から大型トラックの運転手に憧れていた。しかし今まで大型免許を取る機会も無く、また当然その必要性も無く、そしてまさか自分が大型けん引運転免許証を手にするなどとは今日の今日まで思いもしなかった。
 しかし今日それを手にしている。しかもプロドライバーが憧れる「大型けん引免許証」だ。もう一度発行されたばかりの免許証をじっくりと見る。

 私の名前と住所、顔写真、そして今日の日付、免許の種類は先週取ったばかりの大型、普通、(高校三年の時に合格)大自二、(自動二輪で、高校一年の時に取った)、そして今日受かったけん引、そこに印が入っている。

「うーん。やった~。すごいな~」
自分で感心して思わず唸ってしまう。

 でも今ふっと気が付いた。

「あれーっ、どうしよう。このままでは到底大型トレーラーの運転など出来ない」

 そうだった。免許証を持っているだけでは何の役にも立たないし運転も出来ない。自分で大型トレーラーを買わない限り、一生運転する事も無いわけだ。

 試験場で一緒に受験したプロドライバー達の話では、大型トレーラーが地上を走る車の頂点で、プロの運転手なら一生に一度は大型トレーラーの運転を体験したいものだそうだ。

 運転手達の話をただ聞いているだけでも大型トレーラーと言う乗り物は、何かとても面白そうな乗り物の様な感じがしてしまったのだ。そのプロ運転手達の憧れの大型けん引免許証がまぎれも無く私の手の中に現実に有るのだ。

 ところがせっかくの大型けん引免許証が有るのに、今の私は絶対に運転する事が出来ない。この単純な事を忘れていたのだった。
 このまま一度も運転せずに一生を終わったら後悔が残る様な気がだんだんして来た。しかし幾らするか知らないが、大型トレーラーを個人で買うのは今の私にはまず無理だ。

 大型トレーラーを確実に運転するには運送屋さんに大型トレーラーの運転手で入社するしか道はない。

「あ~、失敗した。免許取らなかった方が良かったかのかな~」

 まったくドジな話だがこんな免許証が無ければ、素人の私はこんな事で悩みはしないのだ。免許証が取れたばかりに私は運転手さん達と違って、逆にフラストレーションが溜まってしまう状況になってしまったのだ。
 今、事の重大さにやっと気が付いた。

 現実を考えると、私の年齢は今月誕生日が来て三十九才になる。占師と、図書と印章の販売会社をやっているけど、会社と言えるほどではなく、五人の社員と私が生活をどうにか維持出来る程度の売り上げなのだ。日常は何の刺激も無くただ毎日を生活の為に決まりきった仕事で過ごしているだけの状態だった。

 ところが私の手元には、男なら誰でも子供の頃から憧れの、おもちゃでは無く本物の、しかも私専用の大型けん引免許証がある。

 大型トラック? いやいやもっとでっかい大型トレーラーの運転が出来る日本国国家公安委員会発行の「大型けん引免許証」を持っている。免許証をよく見ると千葉県公安委員会発行になっていた。でもこの際それはどうでもいい。

「どうしよう。一度でいいから本物に乗ってみたい。でも今の仕事を直ぐ辞める訳にもいかないし・・・」

 自分の年齢の事を考えると、今決心しなければ一生大型トレーラーの運転など出来なくなってしまう。今ならぎりぎり間に合う年齢だ。今の機会を逃せば大型トレーラーを一度も運転しないまま、ただ何の役にも立たない大型トレーラーの免許を持っているだけで、この人生が終わってしまうのだ。しかも毎日フラストレーションを貯めながら。

「どうしよう。今更この歳で運転手になれるものだろうか? 私の会社の経営の問題も有るし・・・」
不思議な事にこの時は、妻の事は全く頭に浮かばなかった。

 さきほどのクリーム色の大型トレーラーはプッシューンという音を立ててパーキングエリヤから出て行った。その音で我に返った。その大型トレーラーの運転手はトイレになんとか間に合った様だ。

 私は突然やる気がむくむくと沸き出して来た。

「お前は大型トレーラーを運転したかったのだろう? だから免許を与えたんだぞ。ならやってごらん。ほら、ほらほら・・・」

 この一週間の不思議な出来事は、神様が私に「子供の時に抱いた夢を叶えなさい」と勧めてくれたものと勝手に解釈した。

「よし、こうなったら絶対大型トレーラーのドライバーになるぞ」
と声を出して決めてしまった。
 ところがそう決めたとたんに今まで感じていた胸のしこりがスーと楽になってしまった。

 きっとそうする事が私の人生の課題で、それをやる事が正解なのだ。魂が大喜びしているのが全身で感じられた。

 ダッシュボードを開けて缶入りピースを取り出し一本くわえてジッポーで火を点ける。少し窓を開ける。紫色の煙が車外に流れ出て暮れかかった春の空に立ち上って行った。その紫煙を見送りながら改めてこの一週間を振り返ってみる。

 よく考えると、ここ一週間は何もかもが幸運の連続だった。今までの三十九年間の人生でこんなにラッキーな事が続いたのは今回が初めてである。今の私には何も出来ない事は無い。ここまでは全て私の思い通りになっている事に気が点いた。そうだ。これで良いのだ。

「遠藤さん、山本さん、中山さん、清水さん、私もあなた達の仲間になりますよ」

 プロ運転手の憧れ、大型トレーラーの運転を本気でやる事にした。
 
 あとは女房を口説くと言う難問が待っているだけだ。