大型トレーラーを運転したい!
第二話
牽引免許証
喜多村は一週間前の水曜日、普通免許の更新手続きで幕張の試験場に来たが、思ったより早く手続きが済んでしまい午前中に真新しい普通自動車運転免許証を手にした。手続きに一日は掛かると思って仕事を休んだから時間がたっぷりと余り、暇つぶしに午後からの大型免許実技試験を受けたら何と合格してしまったのである。
その日の午後の実技試験は三十人程が受けたが、合格者は、遠藤、山本、中山、清水、そして喜多村の五人だけだった。
その日の夕方には五人とも新しい大型一種自動車運転免許証が交付された。真新しい運転免許証を手にした五人は合格祝いにこの食堂でジュースの乾杯をした。本当はビールで乾杯と行きたかったが、向かいが県警の運転免許試験場なので遠慮したのだ。みな自家用車で来ていて試験場の駐車場に駐ていた。
喜多村は他の四人から翌週行なわれるけん引免許実技受験を誘われ、一週間後の今日、五人でけん引免許実技試験を受けたのである。
今日けん引免許実技試験を受けたのは喜多村達の五人を含んで三十人ほどだったが、合格者は僅か二人だけだった。
「でもさ~、何で喜多村さんは受かったのかな~? 背広のおかげかな~? でもバックの所を見ていたけど切り返し一回だけだったよね。あれって偶然だったの?」
と遠藤が聞いて来た。
けん引の実技試験は方向転換つまりバックが出来るかどうかがポイントでそこさえ通過すれば後は至極簡単なのだ。
しかしそこが信じられない程難しい。大部分の受験者は試験開始の最初のポイント、方向転換で失敗し不合格になってしまう。時間にして開始から五分も掛からない。だから大型の実技試験は試験用車両が三台使われるがけん引の実技試験はたった一台だけだ。
それでも誰もまともに走らないから何人受けても直に試験は終了してしまう。今日も十一時頃には終わってしまった。
「実は偶然でも運だけでもなかったんだよ」
男達は、気だるそうに喜多村の話を聞いている。
「今日も三十人ぐらい受けたよね。俺の他にもう一人合格した人が居ただろ? 俺あのブレザーを着た人から実はバックするコツを教わったんだよ。あの人今日で実技試験二十三回目だって言っていたよ」
皆は一斉に真顔になって身を乗り出した。
「コースの外周から直ぐに右折して一等最初に左にバックする所が有るだろ、方向転換と言うか車庫入れとかって言うやつ。みんなあそこで失敗しているんだよね。でもあのブレザーの人だけが成功して帰って来たわけだよな。そこであのブレザーの人を思いっきりヨイショしたんだ。『さすがですね~。大変だったですね~。お目出とう御座います。御苦労されたんでしょう?』そしたらコツを教えてくれたんだよ。あの人一年がかりでやっと合格したからさ、今日はきっといい気分だったんだろうね。俺は教わったその通りにやっただけなんだよ。そうしたら切り返し一回だけですんなり車庫入れが出来て、その後は先週遠藤さんに教わった様にキープレフトを心掛けて走っただけだよ。本当は受かった俺が一番驚いているんだぜ」
「えーっそうだったんだ。知らなかったよ」
遠藤はいすの背もたれに体重を預けた。
「ねえ、ビールと行きたいけどコーヒー驕るからさ、ねえ喜多村さんそこんとこ教えてくんない?」
と山本。他のみんなも頷く。
「いいよ、俺があの人から聞いた通りに教えるからさ、みんな来週絶対にがんばってね」
運送会社が業務で使っている大型トレーラーは全長が十二メートル有る。バックで方向転換する時はトレーラーが長い分だけハンドル操作に対して反応が鈍くなり実はコントロールがしやすくいのだ。多少コースや角度が外れてもトレーラーの反応が鈍いので十分修正する余裕が残っている。
ところが運転免許試験場の実技試験用トレーラーは普通では考えられない程極端に短く出来ていて、バック時のほんの少しハンドル操作でトレーラーの向きが大きく変化してしまう。
切り過ぎに気が付いてから修正しようとしてもその時には修正する余裕が無くなっていて、もう一度最初から方向転換をやり直すしか無くなる。三回まで試せるが三回目までに通過出来ないと減点が加算されて合格点以下になるのでその時点で実技試験は終了になる。ここまでで約五分だ。その後はスタート地点に戻るだけである。
現役のドライバーでも、試験場の実技試験用トレーラーで実際の実技試験のコースを走って見ればその難しさに直ぐに気が付くはずだ。角を一回や二回曲がった程度では、とても車両感覚など掴めるはずも無く、つまりバックする時に必要な車両感覚などは絶対に掴めないという状態のまま、あっという間に方向転換の所に来てしまう。
実技試験を受ける人は、その状態で何も分からないまま試験官に促されて方向転換のバックをするのだ。そしてすぐに自分の考えの甘さに気が付くと言う仕組みになっている。
たぶん業務で使っている大型トレーラーならぶっつけ本番でも感の良い人ならどうにかなってしまうが、運転免許実技試験はそんなに甘くは無いのだ。
ここのトレーラーは受験者を絶対に不合格にしようという意気込みで設計されている。事実ここで使用しているトレーラーと同じ車量は一般の道路上では絶対に見かけない。そのくらいここの実技試験用トレーラーは特別製なのである。だから一般の人は練習など出来るはずが無い。
おそらく運送会社で使っている車両で実技試験をすれば、喜多村が不合格になり、他の四人は簡単に合格したはずである。合格したブレザーの人から何もコツを聞かない状態の喜多村だったら、おそらく十年掛かっても奇跡でも起きない限り合格の見込みすら無かっただろう。
ところが今日はその奇跡が起こってしまったのである。
この様な実情に全く適わない実技試験が、十何年間も罷り通ると言う事は全く理解に苦しむ次第である。誰も疑問に思わないのだろうか?
「お前らがここに来たってけん引免許は絶対にやらねえぞ。試験場なんかに来ないで俺たちの先輩が天下りした教習所で、ちゃんと高い料金を払ってけん引免許を貰え。今日は一応実技試験はやってあげるけど、何度会社の大型トレーラーで練習したって無駄だってことを骨の髄まで教えてやる。早く気が付いて教習所に行った方が利巧だぞ」
と言わんばかりの、ただ落とすのだけが目的の実技試験だった。
大勢の若いドライバーが免許試験場にやってくるが、彼らがどの位けん引免許の取得に対して根性が有るのかをテストする「けん引免許取得根性試し試験場」なのかもしれない。
実際にけん引免許証所持者の大半は教習所の卒業生で占められている。この当時は大型免許所持者が教習所でけん引免許だけを取る場合、十二三万円と最短でも十二日間の時間が必要だった。ちなみに普通免許の教習費用は二十二三万円、大型免許は十五六万円が相場だった。
ドライバーが貰う給料は大型トレーラーでも大型トラックでもさほど変わりはないのだ。だからよほどの車好きか閑人でない限り大型けん引免許証など無用の長物で必要無いものなのだ。それだけにこのけん引免許実技試験は本当に運転好きな人間だけが受けにくる。
でもさすがは法治国家日本である。とても公平な実技試験であった。たとえ誰が受けようが合格基準さえ満たせば喜多村の様なド素人でも合格させてくれるのである。
だからかえって何も練習しない喜多村の方がうまく行ったのかもしれない。コツさえ掴めば実は簡単なのだ。
男達は聞き漏らすまいと緊張した。皆真剣である。喜多村は具体的に紙ナプキンにコースの図を描いて教えた。
「目印が有ったんだよ。そこに左のミラーを合わせて、ハンドルを右に九十度きった状態で二メートルほどバックすると・・・・・・・」
質問に答えたり新しい紙ナプキンに図を書いたりして十五分間程掛けて丁寧に教えた。
「え~~~~そうか、そうだったんだ。でなければあんなに簡単に左バックなんか出来るわけ無えよな。きっと試験官たちもその目印を使って走ったんだよな」
飲み込みの早い遠藤がいった。こいつは本当の所頭が良いんじゃないかと喜多村は思った。
試験開始前に試験官が模範走行を見せてくれるが、喜多村の前に実技走行して合格したブレザーを着た人は、二十回目のけん引免許実技試験の時に目印に気が付いたそうだ。
もし一本だけポールが立っていたら誰にもすぐ目印だと分かってしまう。しかし方向転換の場所にはポールが何本も立っていてどれが目印だか分からない。それより目印かどうかも分からない程一杯ポールが立てられていると言い直した方がいい。つまりそこにはダミーのポールが一杯立っているのだ。
試験官がどれを目印にしているのかを見つけるまで、ブレザーの彼はその後三回試験場に通ったのである。
実技試験用トレーラーのホイールベースを歩幅で測り、紙に車の図面を描き、試験場で販売しているコース図と照らし合わせ、何本も立っているポールの中から目印用の一本を見つけ出したそうだ。それにしても凄い粘りだ。
試験場の待合室では順番を待つ運転手たちの間で諸説が飛び交っている。その「ダミーポール説」も喜多村一人だけでは無く何人も聞いたがその話を本気にしたのは喜多村一人だけだった。先入観の何もない喜多村はその「ダミーポール説」をイメージで覚え込みその通りにバックをしただけだったのだ。
そしてブレザーを着た人の「ダミーポール説」が正しかった事は、喜多村が合格したという事実で証明された。
牽引免許証
喜多村は一週間前の水曜日、普通免許の更新手続きで幕張の試験場に来たが、思ったより早く手続きが済んでしまい午前中に真新しい普通自動車運転免許証を手にした。手続きに一日は掛かると思って仕事を休んだから時間がたっぷりと余り、暇つぶしに午後からの大型免許実技試験を受けたら何と合格してしまったのである。
その日の午後の実技試験は三十人程が受けたが、合格者は、遠藤、山本、中山、清水、そして喜多村の五人だけだった。
その日の夕方には五人とも新しい大型一種自動車運転免許証が交付された。真新しい運転免許証を手にした五人は合格祝いにこの食堂でジュースの乾杯をした。本当はビールで乾杯と行きたかったが、向かいが県警の運転免許試験場なので遠慮したのだ。みな自家用車で来ていて試験場の駐車場に駐ていた。
喜多村は他の四人から翌週行なわれるけん引免許実技受験を誘われ、一週間後の今日、五人でけん引免許実技試験を受けたのである。
今日けん引免許実技試験を受けたのは喜多村達の五人を含んで三十人ほどだったが、合格者は僅か二人だけだった。
「でもさ~、何で喜多村さんは受かったのかな~? 背広のおかげかな~? でもバックの所を見ていたけど切り返し一回だけだったよね。あれって偶然だったの?」
と遠藤が聞いて来た。
けん引の実技試験は方向転換つまりバックが出来るかどうかがポイントでそこさえ通過すれば後は至極簡単なのだ。
しかしそこが信じられない程難しい。大部分の受験者は試験開始の最初のポイント、方向転換で失敗し不合格になってしまう。時間にして開始から五分も掛からない。だから大型の実技試験は試験用車両が三台使われるがけん引の実技試験はたった一台だけだ。
それでも誰もまともに走らないから何人受けても直に試験は終了してしまう。今日も十一時頃には終わってしまった。
「実は偶然でも運だけでもなかったんだよ」
男達は、気だるそうに喜多村の話を聞いている。
「今日も三十人ぐらい受けたよね。俺の他にもう一人合格した人が居ただろ? 俺あのブレザーを着た人から実はバックするコツを教わったんだよ。あの人今日で実技試験二十三回目だって言っていたよ」
皆は一斉に真顔になって身を乗り出した。
「コースの外周から直ぐに右折して一等最初に左にバックする所が有るだろ、方向転換と言うか車庫入れとかって言うやつ。みんなあそこで失敗しているんだよね。でもあのブレザーの人だけが成功して帰って来たわけだよな。そこであのブレザーの人を思いっきりヨイショしたんだ。『さすがですね~。大変だったですね~。お目出とう御座います。御苦労されたんでしょう?』そしたらコツを教えてくれたんだよ。あの人一年がかりでやっと合格したからさ、今日はきっといい気分だったんだろうね。俺は教わったその通りにやっただけなんだよ。そうしたら切り返し一回だけですんなり車庫入れが出来て、その後は先週遠藤さんに教わった様にキープレフトを心掛けて走っただけだよ。本当は受かった俺が一番驚いているんだぜ」
「えーっそうだったんだ。知らなかったよ」
遠藤はいすの背もたれに体重を預けた。
「ねえ、ビールと行きたいけどコーヒー驕るからさ、ねえ喜多村さんそこんとこ教えてくんない?」
と山本。他のみんなも頷く。
「いいよ、俺があの人から聞いた通りに教えるからさ、みんな来週絶対にがんばってね」
運送会社が業務で使っている大型トレーラーは全長が十二メートル有る。バックで方向転換する時はトレーラーが長い分だけハンドル操作に対して反応が鈍くなり実はコントロールがしやすくいのだ。多少コースや角度が外れてもトレーラーの反応が鈍いので十分修正する余裕が残っている。
ところが運転免許試験場の実技試験用トレーラーは普通では考えられない程極端に短く出来ていて、バック時のほんの少しハンドル操作でトレーラーの向きが大きく変化してしまう。
切り過ぎに気が付いてから修正しようとしてもその時には修正する余裕が無くなっていて、もう一度最初から方向転換をやり直すしか無くなる。三回まで試せるが三回目までに通過出来ないと減点が加算されて合格点以下になるのでその時点で実技試験は終了になる。ここまでで約五分だ。その後はスタート地点に戻るだけである。
現役のドライバーでも、試験場の実技試験用トレーラーで実際の実技試験のコースを走って見ればその難しさに直ぐに気が付くはずだ。角を一回や二回曲がった程度では、とても車両感覚など掴めるはずも無く、つまりバックする時に必要な車両感覚などは絶対に掴めないという状態のまま、あっという間に方向転換の所に来てしまう。
実技試験を受ける人は、その状態で何も分からないまま試験官に促されて方向転換のバックをするのだ。そしてすぐに自分の考えの甘さに気が付くと言う仕組みになっている。
たぶん業務で使っている大型トレーラーならぶっつけ本番でも感の良い人ならどうにかなってしまうが、運転免許実技試験はそんなに甘くは無いのだ。
ここのトレーラーは受験者を絶対に不合格にしようという意気込みで設計されている。事実ここで使用しているトレーラーと同じ車量は一般の道路上では絶対に見かけない。そのくらいここの実技試験用トレーラーは特別製なのである。だから一般の人は練習など出来るはずが無い。
おそらく運送会社で使っている車両で実技試験をすれば、喜多村が不合格になり、他の四人は簡単に合格したはずである。合格したブレザーの人から何もコツを聞かない状態の喜多村だったら、おそらく十年掛かっても奇跡でも起きない限り合格の見込みすら無かっただろう。
ところが今日はその奇跡が起こってしまったのである。
この様な実情に全く適わない実技試験が、十何年間も罷り通ると言う事は全く理解に苦しむ次第である。誰も疑問に思わないのだろうか?
「お前らがここに来たってけん引免許は絶対にやらねえぞ。試験場なんかに来ないで俺たちの先輩が天下りした教習所で、ちゃんと高い料金を払ってけん引免許を貰え。今日は一応実技試験はやってあげるけど、何度会社の大型トレーラーで練習したって無駄だってことを骨の髄まで教えてやる。早く気が付いて教習所に行った方が利巧だぞ」
と言わんばかりの、ただ落とすのだけが目的の実技試験だった。
大勢の若いドライバーが免許試験場にやってくるが、彼らがどの位けん引免許の取得に対して根性が有るのかをテストする「けん引免許取得根性試し試験場」なのかもしれない。
実際にけん引免許証所持者の大半は教習所の卒業生で占められている。この当時は大型免許所持者が教習所でけん引免許だけを取る場合、十二三万円と最短でも十二日間の時間が必要だった。ちなみに普通免許の教習費用は二十二三万円、大型免許は十五六万円が相場だった。
ドライバーが貰う給料は大型トレーラーでも大型トラックでもさほど変わりはないのだ。だからよほどの車好きか閑人でない限り大型けん引免許証など無用の長物で必要無いものなのだ。それだけにこのけん引免許実技試験は本当に運転好きな人間だけが受けにくる。
でもさすがは法治国家日本である。とても公平な実技試験であった。たとえ誰が受けようが合格基準さえ満たせば喜多村の様なド素人でも合格させてくれるのである。
だからかえって何も練習しない喜多村の方がうまく行ったのかもしれない。コツさえ掴めば実は簡単なのだ。
男達は聞き漏らすまいと緊張した。皆真剣である。喜多村は具体的に紙ナプキンにコースの図を描いて教えた。
「目印が有ったんだよ。そこに左のミラーを合わせて、ハンドルを右に九十度きった状態で二メートルほどバックすると・・・・・・・」
質問に答えたり新しい紙ナプキンに図を書いたりして十五分間程掛けて丁寧に教えた。
「え~~~~そうか、そうだったんだ。でなければあんなに簡単に左バックなんか出来るわけ無えよな。きっと試験官たちもその目印を使って走ったんだよな」
飲み込みの早い遠藤がいった。こいつは本当の所頭が良いんじゃないかと喜多村は思った。
試験開始前に試験官が模範走行を見せてくれるが、喜多村の前に実技走行して合格したブレザーを着た人は、二十回目のけん引免許実技試験の時に目印に気が付いたそうだ。
もし一本だけポールが立っていたら誰にもすぐ目印だと分かってしまう。しかし方向転換の場所にはポールが何本も立っていてどれが目印だか分からない。それより目印かどうかも分からない程一杯ポールが立てられていると言い直した方がいい。つまりそこにはダミーのポールが一杯立っているのだ。
試験官がどれを目印にしているのかを見つけるまで、ブレザーの彼はその後三回試験場に通ったのである。
実技試験用トレーラーのホイールベースを歩幅で測り、紙に車の図面を描き、試験場で販売しているコース図と照らし合わせ、何本も立っているポールの中から目印用の一本を見つけ出したそうだ。それにしても凄い粘りだ。
試験場の待合室では順番を待つ運転手たちの間で諸説が飛び交っている。その「ダミーポール説」も喜多村一人だけでは無く何人も聞いたがその話を本気にしたのは喜多村一人だけだった。先入観の何もない喜多村はその「ダミーポール説」をイメージで覚え込みその通りにバックをしただけだったのだ。
そしてブレザーを着た人の「ダミーポール説」が正しかった事は、喜多村が合格したという事実で証明された。