東京ドームが完成、東北新幹線、上越新幹線が開通
青函トンネルも完成した1988年
上澤津が、バイト先の常連客アンルイスやBLACK CATSのマネージャーと撮影した1枚のポラロイド写真から全てが始まった

渋谷に佇むアールデコ調の館、ピンクドラゴンの最上階ペントハウスで「誰か、いい奴いない?」と質問し、BLACK CATSマネージャーから(プライベートでたまたま持ち歩いていた)2枚のポラロイド写真を差し出され「こっちの奴、紹介して」と上澤津を指さした一人の男、彼こそ原宿クリームソーダの創始者、山崎眞之だった(当時の上澤津の環境は、のちに作詞家の竜真知子がMAGICに書き下ろした「Stand Up Boy」で、日記を映像化したように描かれている)


 

〜中略〜


とある日、「何かいいバンド名を思いつく奴いるか?」という山崎氏の質問に上澤津は「ジャズビリー」と即答、ロカビリー限定の音楽活動に傾かないように心にしまっていたキーワードだった


少し考えた後に山崎氏は「実は、俺もそれを考えた。しかし今のお前らにJAZZを語れる技術はない。そこでMAGICというのは、どうだろう?」
とてもいい名前だった きっと山崎さんは考え抜いた末に提案してくれたのだと今でも思っている


そして「ロカビリー」という鎖に縛られないことを参加条件としていた上澤津に山崎さんは「MAGICはロカビリーではなく、Rock’a Beatというジャンルを新たに作っていく」と約束してくれた その言葉で上澤津はMAGICのヴォーカルとして生き抜く覚悟をした

 


12年後、MAGIC空中分解
「もうバンドはやらない」と心に決めた上澤津はギタリストと2人組のユニットで活動開始
それが軌道に乗り始め、MAGIC時代のエグゼクティブ・プロデューサーに紹介を受けて出逢った初老の興行師と彼が選抜した新進気鋭のJAZZプレイヤー、出版問題の調整に協力してくださった渡辺音楽出版、そしてMAGIC活動停止後も変わらず上澤津を支えた音楽関係者の協力を得て歌謡カバーアルバム「Casablanca Dandy」が2004年に完成
1988年のブレストから長い時間を経て「JAZZBILLY」という言葉が初めて日の目を見た瞬間だった


 

JAZZBILLYはフリーランスのミュージシャン17名から成る企画バンドだった

スケジュールの関係で常にトラが入るから実態はないに等しい

実際の活動は15公演前後 発表作品も1枚きり
そのJAZZBILLYも2009年10月に最終公演を迎え、再び音楽活動の場を失った上澤津はアパレル業への転身に全身全霊をかけた


それは一見、回り道のように見えるかもしれないが、恩人である山崎眞之から12年間、毎日のように学んだ「音楽とファッションの関係性」に裏付けされた確信であり、何より山崎氏もリスペクトしたマルコム・マクラーレン&ヴィヴィアン・ウエストウッドがSEX PISTOLSを通してファッションアイコンとしてフォーカスした Dr.Martens との奇跡的なdestinyが、迷いなく導いてくれたんだ

 

 

ー 俺が、俺のスポンサーになる

そして俺に好きなだけ音楽をさせてやる

方法はたった1つ、サクセスしかない ー


準備に準備を重ねて迎えた2010年4月1日

その日はドクターマーチン創業50周年のアニバーサリー・デイ

世界中のメディアや来賓が集まり盛大な祝賀パーティーが開催された英国大使館で上澤津はイギリス本国のCEOと対面、例外的に自然人(個人事業)としてマーチンファミリー加入の正式承認を得た

 

同年7月4日にドクターマーチン沖縄を出店

2013年1月17日、ドクターマーチン金沢出店を機に株式会社オキロック設立

2013年3月10日、機は熟したと判断しソロシンガーとして活動再開

 


2016年 ソロアルバムリリース、そして念願のライブ活動再開

ずっと待ってくれていたリスナーとコミュニケーションを取り戻しつつ、一方で虎視眈々と見据えてきたJAZZBILLY復活を実行に移すためJAZZBILLYメンバーと再会

当時の「奥深いアンサンブル」と「独特な世界観」を再現すべく時間をかけてブレスト、セッション、リハーサルを数えた

 

JAZZBILLY復活の前哨戦として

 “FOOLY KOOLLY BAND” 

 “JAZZBILLY 2021” 

 “JAZZBILLY-KUNOICHI-” 

3つの大冒険をスタート

 

その3年間が最大のターニングポイントとなり

上澤津は「ヴォーカリスト」という生き様の「真髄」に迫りました

ー 人生を賭けて歌っていたオリジナル・シンガーに、後からカバーをする俺ごときが勝る訳などない。そんなことより、俺自身が人生を賭けて発表したオリジナルを(いつまでも)歌い続けることこそ俺にしか歩けない道だし、リスナーもきっとそれを待ち望んでくれている ー 

 

以上

 


長かったねー。。。 ご清聴ありがとう(微笑み)

なかなかの歴史だったろ? JAZZBILLY

上澤津の思い入れの深さをご理解いただけたかと存じます

 

1988年のバンド名決定のブレストから34年

歴史って、途切れても、途切れても、繋がるんだね

そしてこれが上澤津の本当の船出と清々しい気持ちにもなれる

 

遠回りもまんざら悪くはないさ

何ごともあきらめず行こうぜ


 

昭和歌謡にこだわった 旧JAZZBILLY
その概念を刷新し、鎖を断ち切った新しいJAZZBILLYが、いよいよ動き始めます

明日 2022年5月18日 正午
いろいろ発表
okirock.com