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2度の大腿骨転子部骨折

誤嚥性肺炎などで幾度も入院し、
お看取りを考えてくださいと何度も言われました。

しかし、その度に予想を覆す奇跡の復活✨

医師も驚いていたとか!

今年に入って体調もまずまずだったし、
自力で車椅子から立てる様になって来てたので、
また散歩に行ったり買い物に行けるかな…なんて、
そんな思いを巡らせて過ごしている毎日。

だけど、今年5月頃から食欲が落ち、
また誤嚥性肺炎なりました。

自宅療養で誤嚥性肺炎は完治したけど、
食事がなかな進まない。

介護食を1時間くらい掛けて何とか食べれる状態。

時間が掛かるけど、食べられる様になり、
回復は順調だと思いました。

その矢先、また一段体調が落ち
食べられなくなりました。

それが先週のこと。

そこで、訪問診療で診てもらったところ、先生から、

もう。。。

えっ。。。

そうは言うけど、
また復活するのではと、何処かで思ってました。

そして、16日(日)を迎えると、
朝から体調も良く、絶好の散歩のチャンス!

その日の夕方に散歩へ行き、無事に帰宅。

久々の散歩を楽しでくれたかな。

翌日、調子も悪くないし、大丈夫そうでした。

しかし、急に指先が紫色になり始め、
そこから更に体調が落ちる事に。

そこから、起きていられなくなり、
酸素飽和度も落ちて呼吸も苦しそうにしてました。

そんな中、訪問入浴をしたらどうかと
言われていたので、お願いする事にしました。

その訪問入浴は昨日18日(火)

入浴するには微妙な体調なので、
先生に電話で確認して頂いたところ、
さっと入って出る感じで許可が下りました。

あとは、家族がどうするか…

入浴して悪化するか、良くなるかは、わからない。

少し悩みしたが、入浴をお願いしました。

入浴中は、気持ち良さそうだったし、
指の血色も回復。

入浴後も、体調が急変する事なくて一安心。

そして、今日の午前中の訪問看護後、
しばらくすると呼吸が苦しい状態になり、
酸素飽和度が、手の指でも
足の指でも測れない状態におちいりました。

これはヤバいかも知れない 。。。

急いで兄弟に連絡したが、
返事がない…マジか…

看病をしてながら様子を見ていると、
目を閉じて寝ていた母が、
突然目を見開き、口を大きくあけた!

わぁぁぁ…お母さん確り!

大丈夫!?

一瞬呼吸が止まり、再び再開。

ゆっくーり呼吸がもどる。

一度、二度

そして、呼吸が止まった 。。。

まだ、やってあげたい事もあった。

あの時に、こうしていれば、
ああしていれば、後悔ばかりです。

お母さん、ありがとう

散歩楽しかったね✨

本当にありがとう




他のSNSには書きましたが、

忘れてしまわないように

Amebaにも記録しておく事にしました。

(写真2023年4月)


2024年9月24日(火)  永眠


2024年6月頃から体調が悪くなり始めましたが、悪いなりに仕事をしていました。なかなか良くならないので、病院へ検査に行くと、診断は誤嚥性肺炎。一週間ほど薬を飲み続け、翌週に再び検査へ。検査結果は、一週間前とあまり変わらなかった。もう一週間薬を飲みながら様子を診る。しかし、病院に検査に行った際にコロナに感染していた。だんだん体を動くのもままならなくなり入院。入院してから一週間ほどでコロナも良くなり、退院の話しも出てほっとしていました。その後の病状の説明が主治医あるからと病院に行くと、ゼリー状の食べ物も誤嚥してしまう、自分のタンも肺に垂れ込んでしまうので退院は難しい。治療は点滴で行います。胃ろうの選択肢もあるが、だからといって誤嚥しない訳ではなく時間稼ぎにしかならないし、苦しい思いもする。飲まず食わずになるので人間の尊厳を考えると辛い判断ですと、特に胃ろうなどを勧めて来なかった。そういえば、鼻から管を入れ栄養を取る話しは無かった。今後は穏やかに過ごせる療養型の病院への転院をと言われ探す事に。そして、転院先を探している間にどんどん衰弱して行き、しゃべることも出来ない状態になってしまいました。ここまで、どうしたら良いか本当に分からず悩んでいた。なかなか転院先が見付からず、時間だけが過ぎていく…。やっと良さそうな転院先を見付け面談に行くことになっていました。面談に行く一週間前くらいだっただろか、主治医から電話来た。点滴が血管に出来なくなり、皮下点滴になったとの連絡。そんな状態だけど、近く両親の結婚記念日だし、兄弟で話し合い自宅に帰らせられないかとなりました。そんな話しをしていた矢先に病院から危険な状態なので直ぐに面会に来て下さいとの連絡。その日は兄弟で交代で父の様子を診ていたら、何とか持ち直してほっと一安心。これで家に帰らせる事が出来るかも知れないなと思っていた。翌日には、自宅に訪問診療に来ていた診療所に父を家に帰らせたいと相談していたので、入院先の主治医に連絡を取っていただける予定でした。しかし、その日の夕方に父が急変。危険な状態だと連絡があり、慌ただしく母を車椅子に乗せ父の元へ。お父さん来たよ!と病室に入ると、心拍が18…心拍停止。。。本当に父には申し訳ないと後悔ばかりです。まだ話しが出来るときに家に帰りたいと言っていたのに、もっと早い段階で自宅に帰らせることが出来なかったのかと。


仕事に遊びと

同じ時間を沢山過ごしたし、沢山喧嘩もしたな…


ごめんなさい…お父さん…


エイジ


追記

昨年、母が同じ病状で回復して無事に退院できました。今では普通に食べたいものを食べ暮らしています。父は体が強かったので、回復し退院できるだろうと、何処かで楽観視していたと思う。何が正しい選択だったのか…悔やまれます。