他のSNSには書きましたが、

忘れてしまわないように

Amebaにも記録しておく事にしました。

(写真2023年4月)


2024年9月24日(火)  永眠


2024年6月頃から体調が悪くなり始めましたが、悪いなりに仕事をしていました。なかなか良くならないので、病院へ検査に行くと、診断は誤嚥性肺炎。一週間ほど薬を飲み続け、翌週に再び検査へ。検査結果は、一週間前とあまり変わらなかった。もう一週間薬を飲みながら様子を診る。しかし、病院に検査に行った際にコロナに感染していた。だんだん体を動くのもままならなくなり入院。入院してから一週間ほどでコロナも良くなり、退院の話しも出てほっとしていました。その後の病状の説明が主治医あるからと病院に行くと、ゼリー状の食べ物も誤嚥してしまう、自分のタンも肺に垂れ込んでしまうので退院は難しい。治療は点滴で行います。胃ろうの選択肢もあるが、だからといって誤嚥しない訳ではなく時間稼ぎにしかならないし、苦しい思いもする。飲まず食わずになるので人間の尊厳を考えると辛い判断ですと、特に胃ろうなどを勧めて来なかった。そういえば、鼻から管を入れ栄養を取る話しは無かった。今後は穏やかに過ごせる療養型の病院への転院をと言われ探す事に。そして、転院先を探している間にどんどん衰弱して行き、しゃべることも出来ない状態になってしまいました。ここまで、どうしたら良いか本当に分からず悩んでいた。なかなか転院先が見付からず、時間だけが過ぎていく…。やっと良さそうな転院先を見付け面談に行くことになっていました。面談に行く一週間前くらいだっただろか、主治医から電話来た。点滴が血管に出来なくなり、皮下点滴になったとの連絡。そんな状態だけど、近く両親の結婚記念日だし、兄弟で話し合い自宅に帰らせられないかとなりました。そんな話しをしていた矢先に病院から危険な状態なので直ぐに面会に来て下さいとの連絡。その日は兄弟で交代で父の様子を診ていたら、何とか持ち直してほっと一安心。これで家に帰らせる事が出来るかも知れないなと思っていた。翌日には、自宅に訪問診療に来ていた診療所に父を家に帰らせたいと相談していたので、入院先の主治医に連絡を取っていただける予定でした。しかし、その日の夕方に父が急変。危険な状態だと連絡があり、慌ただしく母を車椅子に乗せ父の元へ。お父さん来たよ!と病室に入ると、心拍が18…心拍停止。。。本当に父には申し訳ないと後悔ばかりです。まだ話しが出来るときに家に帰りたいと言っていたのに、もっと早い段階で自宅に帰らせることが出来なかったのかと。


仕事に遊びと

同じ時間を沢山過ごしたし、沢山喧嘩もしたな…


ごめんなさい…お父さん…


エイジ


追記

昨年、母が同じ病状で回復して無事に退院できました。今では普通に食べたいものを食べ暮らしています。父は体が強かったので、回復し退院できるだろうと、何処かで楽観視していたと思う。何が正しい選択だったのか…悔やまれます。