世俗主義と云うと何やら節操なく情勢に流される感があるが、原理主義との対比で考えるならば多少なりともその輪郭が見えよう。
その主義を基点として諸般を位置付けるか、主義そのものを諸般の一部として位置付けるかと云え、天動説と地動説になぞらえれば分かり易い。
人類の動物としての特性は、複雑な言語を操り、更に文字の考案により一子相伝に依らずとも獲得した知識の多数への伝播を可能とした。従って知識の更なる展開も加速為らしめている。
現代科学へ繋がるその礎は、遺跡として目に出来る範囲での代表例として古代エジプトやメソポタミアがあり、以後古代ギリシャや古代ローマへと拡がった。
紀元前当時、既に原子の概念が提唱され、地動説どころか太陽系の存在を理解し、地球の大きさすら計算されていてその誤差は0.02%であった。
しかし、それらはそのまま現代に継がる事はなく、それを阻んだのは原理主義化したキリスト教会で概ね千年続いた。ガリレオの「それでも地球は動いている」はそれを示す周知のエピソードである。
キリスト教会に阻まれた科学的知見は寛容なアラブへと蓄えられ、同時に東方インド等から数学や医学等も流入した。アッバース朝ペルシャが「知恵の館」にそれらを集積し地球上の文明の最先端にあった頃、キリスト教会は異端者狩りに精を出していたのは歴史的事実であるし、現代科学用語にアラビア語由来数多である所以でもある。
スペインがイスラムからクリスチャンに奪回された時、アラブの先進科学が欧州へと流れ込み、宗教改革やルネッサンスとも相俟って漸く欧州は先進科学に浴する事となった。軈てそれらは交易国オランダを経て日本へと持ち込まれて蘭学と称される様になった。但馬牛が積出港の名から神戸ビーフとされたのにも等しい。
一方でアラブはイスラムにあまりに固執する余り、以後科学的には停滞を招き、先進科学に於ては欧州と立場が逆転してしまった。
これらの歴史的事実を考察すれば、一神教とは原理主義に陥り易く、その悪弊を中世欧州と近世アラブに見て取れる。
生活のあちこちに神を見出だす多神教であった日本は、極めて世俗的で先進科学の受け入れに抵抗はおろか積極的であったのも日本人にとっては今更語るべくもない。
コメント(12)
顔アイコン憲坊法師
何と言っても融通無碍なのがいいですよ。
神道なんか経典もなければだれが作ったのか、でっち上げたのかもわからない。ただ根本は「先祖を敬え、自然を敬え」だけです。先祖と自然がなかったら「私」は存在しないわけです。
神道ではあの乱暴者のスサノオノミコトも神様ですし、ギリシャではそこら中に子供を作ったゼウスも神様です。
だから多神教はいいのです。
2017/5/11(木) 午前 8:39
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今、世界で多数を占める宗教には二種類あります。
・いつ誰が創始したか不明の古い物。
(例:ヒンドゥ—教、神道←「宗教」としての異論あるも)
・いつ頃誰が創始したか判明しているもの)
(例:仏教、キリスト教、イスラム教)
中世にキリスト教世界が停滞したり、昨今のイスラム世界の
混乱の元は、「教義が時代に合わなくなった」のが大きな
原因と愚考します。
そして、その教義は「それらは当時としては新興宗教の一つに過ぎなかった」
ために、教育レベルの低かった当時の大衆を動員するために
今の価値観からは非合理的な解釈も多々見受けられます。
「ゼニ儲け」も重要な要素でして、仏教に見る「地獄・極楽」
これなんか、釈迦は「因果応報」について述べてますが、
「悪い奴は地獄に落ちるぞ」なんて、一言も述べていません。
(「俺の像を造って拝め」なんても言ってません)
地獄や極楽(天国)の発想は、坊主の銭儲けによって
蔓延したのでしょう。(死への恐怖心ビジネス)
2017/5/11(木) 午前 9:02
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【続き】
よって、宗教が社会を停滞させる背景には
・それが「ある時、誰かが考え出したものである」
・それが「ゼニ儲け」に走り出した。
・「ゼニ儲け」でなければ、それは権力欲。
・その「権力欲」は、「革命」による現状破壊で獲得すべきであり、破壊活動する当人は「善行」と思いこんでる。
のではないでしょうか。
2017/5/11(木) 午前 9:03
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あづまもぐら
> ガンコ爺TP400こと憲坊法師様
多神教の神様はする事が大体に於いてヒトと同じですから生活に無理なく密着し、節目節目毎に祭礼などを一例として現れます。
一神教にあっては神様は1人ですから子供を作る必要はなく、処女が平気で出産する様な事になります。
無理を通せば道理は引っ込まざるを得ません。
とはいえ、それぞれの地域に於ける道徳の規範ではありますから、せめて生活の片隅に置いているならともかく、それをど真ん中に据える原理主義は寧ろ害悪となります。
2017/5/11(木) 午前 10:57
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あづまもぐら
> 猫宮トラオ様
例え一神教であっても、その地域の道徳を保つ為であるなら、それはそれで意義ある事でしょう。
悪いのは後の権威やら師やらが勝手な解釈を付け足す事です。
信仰する側も端から鵜呑みにする事なく、納得するまで思索を巡らし疑問点を晴らす事が必要で、それが修行と思います。憶えるのではなく、疑問を解く事こそが本質を知る道です。
一神教は全ての事物を一点に収斂させねばなりませんが、多神教はそれぞれに神様を設けて緩和していますから、融通が利きます。
2017/5/11(木) 午前 11:22
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顔アイコン憲坊法師
わが師、W先生はよく言っていました、「新約聖書は当時の倫理観においてのみ価値があると」。それを21世紀に当てはめられたらタマッタモンジャナイ。
2017/5/13(土) 午前 9:26
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あづまもぐら
> ガンコ爺TP400こと憲坊法師様
情勢の変化に対して、コンピュータプログラムではヴァージョンアップで対処するのに、聖書や憲法は解釈の変更と云う裏ワザでしかもいろんな輩が好き勝手な解釈を振り回すわけですから、最終的には無きに等しい事態となります。
2017/5/13(土) 午前 11:11
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顔アイコンnek*m*ya_*orao
大変な「一神教」の存在を忘れてました。
それは「共産主義」
「階級闘争」なるテロ・破壊を是とする最悪の災厄です。
まあ、「国際共産主義運動」なるものなぞ、
キリスト教やイスラム教が、国や民族の違いを超越し、
アイデンティティー共有に至る過程を「盗んだ」とも
見受けられますが、所詮は暴力による「価値観の押付け」そんなものは永続しないということです。
2017/5/13(土) 午後 5:29
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あづまもぐら
> 猫宮トラオ様
計画経済の原理は一見合理的ですが、ダイナミズムの入る隙間がありません。
ところが発展の第一要素こそダイナミズムであって、それにリカバリーされる計画未達部分への代替手当てがなされねば現状維持が出来ず経済は縮小します。
斯様な単純な理屈を顧みず未だに共産主義を信奉するのは正に宗教的原理主義に等しいものですね。
2017/5/13(土) 午後 7:34
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わが町神奈川
海・山・川・森など、あらゆる自然に神を見い出す日本人こそ、世界で最も大らかな人種なのかと・・・・。
2017/5/17(水) 午後 8:48
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あづまもぐら
> わが町神奈川様
自然を克復すべき対象として捉えるか、融和すべき対象として捉えるかとも云えると思います。
2017/5/18(木) 午後 3:45
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あづまもぐら
> わが町神奈川様
自然を克復すべき対象として捉えるか、融和すべき対象として捉えるかとも云えると思います。
2017/5/18(木) 午後 3:45
その主義を基点として諸般を位置付けるか、主義そのものを諸般の一部として位置付けるかと云え、天動説と地動説になぞらえれば分かり易い。
人類の動物としての特性は、複雑な言語を操り、更に文字の考案により一子相伝に依らずとも獲得した知識の多数への伝播を可能とした。従って知識の更なる展開も加速為らしめている。
現代科学へ繋がるその礎は、遺跡として目に出来る範囲での代表例として古代エジプトやメソポタミアがあり、以後古代ギリシャや古代ローマへと拡がった。
紀元前当時、既に原子の概念が提唱され、地動説どころか太陽系の存在を理解し、地球の大きさすら計算されていてその誤差は0.02%であった。
しかし、それらはそのまま現代に継がる事はなく、それを阻んだのは原理主義化したキリスト教会で概ね千年続いた。ガリレオの「それでも地球は動いている」はそれを示す周知のエピソードである。
キリスト教会に阻まれた科学的知見は寛容なアラブへと蓄えられ、同時に東方インド等から数学や医学等も流入した。アッバース朝ペルシャが「知恵の館」にそれらを集積し地球上の文明の最先端にあった頃、キリスト教会は異端者狩りに精を出していたのは歴史的事実であるし、現代科学用語にアラビア語由来数多である所以でもある。
スペインがイスラムからクリスチャンに奪回された時、アラブの先進科学が欧州へと流れ込み、宗教改革やルネッサンスとも相俟って漸く欧州は先進科学に浴する事となった。軈てそれらは交易国オランダを経て日本へと持ち込まれて蘭学と称される様になった。但馬牛が積出港の名から神戸ビーフとされたのにも等しい。
一方でアラブはイスラムにあまりに固執する余り、以後科学的には停滞を招き、先進科学に於ては欧州と立場が逆転してしまった。
これらの歴史的事実を考察すれば、一神教とは原理主義に陥り易く、その悪弊を中世欧州と近世アラブに見て取れる。
生活のあちこちに神を見出だす多神教であった日本は、極めて世俗的で先進科学の受け入れに抵抗はおろか積極的であったのも日本人にとっては今更語るべくもない。
コメント(12)
顔アイコン憲坊法師
何と言っても融通無碍なのがいいですよ。
神道なんか経典もなければだれが作ったのか、でっち上げたのかもわからない。ただ根本は「先祖を敬え、自然を敬え」だけです。先祖と自然がなかったら「私」は存在しないわけです。
神道ではあの乱暴者のスサノオノミコトも神様ですし、ギリシャではそこら中に子供を作ったゼウスも神様です。
だから多神教はいいのです。
2017/5/11(木) 午前 8:39
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今、世界で多数を占める宗教には二種類あります。
・いつ誰が創始したか不明の古い物。
(例:ヒンドゥ—教、神道←「宗教」としての異論あるも)
・いつ頃誰が創始したか判明しているもの)
(例:仏教、キリスト教、イスラム教)
中世にキリスト教世界が停滞したり、昨今のイスラム世界の
混乱の元は、「教義が時代に合わなくなった」のが大きな
原因と愚考します。
そして、その教義は「それらは当時としては新興宗教の一つに過ぎなかった」
ために、教育レベルの低かった当時の大衆を動員するために
今の価値観からは非合理的な解釈も多々見受けられます。
「ゼニ儲け」も重要な要素でして、仏教に見る「地獄・極楽」
これなんか、釈迦は「因果応報」について述べてますが、
「悪い奴は地獄に落ちるぞ」なんて、一言も述べていません。
(「俺の像を造って拝め」なんても言ってません)
地獄や極楽(天国)の発想は、坊主の銭儲けによって
蔓延したのでしょう。(死への恐怖心ビジネス)
2017/5/11(木) 午前 9:02
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【続き】
よって、宗教が社会を停滞させる背景には
・それが「ある時、誰かが考え出したものである」
・それが「ゼニ儲け」に走り出した。
・「ゼニ儲け」でなければ、それは権力欲。
・その「権力欲」は、「革命」による現状破壊で獲得すべきであり、破壊活動する当人は「善行」と思いこんでる。
のではないでしょうか。
2017/5/11(木) 午前 9:03
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あづまもぐら
> ガンコ爺TP400こと憲坊法師様
多神教の神様はする事が大体に於いてヒトと同じですから生活に無理なく密着し、節目節目毎に祭礼などを一例として現れます。
一神教にあっては神様は1人ですから子供を作る必要はなく、処女が平気で出産する様な事になります。
無理を通せば道理は引っ込まざるを得ません。
とはいえ、それぞれの地域に於ける道徳の規範ではありますから、せめて生活の片隅に置いているならともかく、それをど真ん中に据える原理主義は寧ろ害悪となります。
2017/5/11(木) 午前 10:57
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あづまもぐら
> 猫宮トラオ様
例え一神教であっても、その地域の道徳を保つ為であるなら、それはそれで意義ある事でしょう。
悪いのは後の権威やら師やらが勝手な解釈を付け足す事です。
信仰する側も端から鵜呑みにする事なく、納得するまで思索を巡らし疑問点を晴らす事が必要で、それが修行と思います。憶えるのではなく、疑問を解く事こそが本質を知る道です。
一神教は全ての事物を一点に収斂させねばなりませんが、多神教はそれぞれに神様を設けて緩和していますから、融通が利きます。
2017/5/11(木) 午前 11:22
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わが師、W先生はよく言っていました、「新約聖書は当時の倫理観においてのみ価値があると」。それを21世紀に当てはめられたらタマッタモンジャナイ。
2017/5/13(土) 午前 9:26
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> ガンコ爺TP400こと憲坊法師様
情勢の変化に対して、コンピュータプログラムではヴァージョンアップで対処するのに、聖書や憲法は解釈の変更と云う裏ワザでしかもいろんな輩が好き勝手な解釈を振り回すわけですから、最終的には無きに等しい事態となります。
2017/5/13(土) 午前 11:11
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大変な「一神教」の存在を忘れてました。
それは「共産主義」
「階級闘争」なるテロ・破壊を是とする最悪の災厄です。
まあ、「国際共産主義運動」なるものなぞ、
キリスト教やイスラム教が、国や民族の違いを超越し、
アイデンティティー共有に至る過程を「盗んだ」とも
見受けられますが、所詮は暴力による「価値観の押付け」そんなものは永続しないということです。
2017/5/13(土) 午後 5:29
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あづまもぐら
> 猫宮トラオ様
計画経済の原理は一見合理的ですが、ダイナミズムの入る隙間がありません。
ところが発展の第一要素こそダイナミズムであって、それにリカバリーされる計画未達部分への代替手当てがなされねば現状維持が出来ず経済は縮小します。
斯様な単純な理屈を顧みず未だに共産主義を信奉するのは正に宗教的原理主義に等しいものですね。
2017/5/13(土) 午後 7:34
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わが町神奈川
海・山・川・森など、あらゆる自然に神を見い出す日本人こそ、世界で最も大らかな人種なのかと・・・・。
2017/5/17(水) 午後 8:48
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あづまもぐら
> わが町神奈川様
自然を克復すべき対象として捉えるか、融和すべき対象として捉えるかとも云えると思います。
2017/5/18(木) 午後 3:45
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あづまもぐら
> わが町神奈川様
自然を克復すべき対象として捉えるか、融和すべき対象として捉えるかとも云えると思います。
2017/5/18(木) 午後 3:45